だろう。
「ジュリアさん。四郎は貴女に、誰からか恨《うら》みをうけているようなことを云っていませんでしたか」
これでみると、一郎はやはり愛弟《あいてい》四郎を殺害《さつがい》した犯人を探しだそうとしているものらしい。
「ああ、一郎さん」とジュリアは苦しそうに顔をあげ「あたし何もかも申しますわ。そして貴方の弟さんの日記帳から破ってきた頁《ページ》をおかえししますわ」
ジュリアは衣裳函《いしょうばこ》のなかから、引き裂《さ》いた日記をとりだして、一郎に渡した。それは四郎が殺された日、大辻が始めに屍体の側で発見し、二度目に見たとき裂かれていた四郎の自筆《じひつ》の日記に相違《そうい》なかった。一郎はそれを貪《むさぼ》るように読み下《くだ》した。
「それをよく読んで下されば分るでしょうが、四郎さんとあたしとは、千葉《ちば》の海岸で知合ってから、お友達になったんです。それは只の仲よしというだけで、あたしは恋をしていたんじゃありませんのよ、どうかお間違いのないように、ね。――その日も四郎さんはあたしに会いに来たんですわ。それで夕方になり、四郎さんと日比谷を散歩して、あの五月躑躅《さつき》の陰でお話をしていたんですが、待たせてあった、あたしの自動車の警笛《けいてき》が聞えたので、ちょっと待っててネ、すぐ帰ってくるわといって四郎さんを残したまま、日比谷の東門《ひがしもん》の方へ行ったんですの。そこで自動車を見つけたので、四郎さんも連《つ》れてゆくつもりで自動車で迎えにゆき、再び五月躑躅の陰へいってみると、四郎さんが殺されていたのですのよ。あたしはハッとしたんですが、人気商売の悲しさにはぐずぐずしていると人に見つかって大変なことになると思ったので、引返《ひきかえ》そうとしましたが、その日四郎さんに見せて貰った日記のなかにあたしのことが沢山書いてあったものですから、これを残しておいてはいけないと思って、いま差上げただけの頁を破ってきたんですわ。すると間もなく皆さんに見つかってしまったんです。それがすべてですわ」
「ああ、そうですか」と一郎は大きく肯《うなず》きながら「では耳飾の宝石も、そのときに落したんですね。これも拾われては蒼蠅《うるさ》いことになるから、後で探したというわけですね」
「仰有《おっしゃ》るとおりですわ。宝石のことは、楽屋へ入ってから気がついたんですの。随分探しましたわ。ほんとにあたし感謝しますわ。でもこのことは、誰にも云わないで下さいネ」
「ええ、大丈夫です。その代《かわ》り、何か犯人らしいものを見なかったか、教えて下さい」
「犯人? 犯人らしいものは、誰もみなかったわ――」
といっているところへ、電話がかかってきた。それは出てきた支配人が、直《す》ぐ西一郎に会おうという電話だったのである。
それから一郎は、支配人の室に行った。ジュリアの口添《くちぞ》えがあったから、すべて好条件で話が纏《まとま》った。今日は見習かたがた「赤い苺の実」の三|場《ば》ばかりへ顔を出して貰いたいということになった。そして大部屋《おおべや》の人たちに紹介してくれた。
一郎はそれを報告のために、ジュリアの部屋に行ったが、鍵がかかっていた。それも道理《どうり》で、ジュリアはいま舞台に出て喜歌劇《きかげき》を演じているところだった。舞台の横のカーテンの陰には批評家らしい男が二人、肩を重《かさ》ねんばかりにして、ジュリアの熱演に感心していた。
「ジュリアはたしかに百年に一人出るか出ないかという大天才だ。見給え、どうだい、あの熱情《ねつじょう》とうるおいとは……。今日はことに素晴らしい出来栄《できば》えだ」
「僕も全く同感だ。どこからあの熱情が出てくるんだろう。ちょっと真似手《まねて》がない。――」
「ジュリアには非常に調子のよい日というのがあるんだネ。今日なんか正にその日だ。見ていると恐《こわ》い位《くらい》だ」
「そうだ。僕もそれを云いたいと思っていた。僕は毎日ジュリアを見ているが、調子のよい日というのをハッキリ覚えているよ。この一日に三日、それから今日の四日と……」
「よく覚えているねえ」
「いやそれには覚えているわけがあるんだ。それが不思議にも、あの吸血鬼《きゅうけつき》が出たという号外《ごうがい》や新聞が出た日なんだからネ」
「ははア、するとああいう事件が何かジュリアを刺戟《しげき》するのかなア。だが待ちたまえ、今日は何も吸血鬼が犠牲者《ぎせいしゃ》を出したという新聞記事を見なかったぜ。はッはッ、とうとう君に一杯《いっぱい》担《かつ》がれたらしい。はッはッはッ」
「はッはッはッ」
一郎は批評家に嫌悪《けんお》を催《もよお》したのか、怒ったような顔をして、そこを去った。
痣蟹《あざがに》の空中葬《くうちゅうそう》
丁度《ちょう
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