ど》その頃、捜査本部では、雁金検事と大江山捜査課長とが六《むつ》ヶ|敷《し》い顔をして向いあっていた。机の上には、青竜王が痣蟹の洋服の間から見付けた建築図の破片《はへん》が載《の》っていた。
「雁金さんはそう仰有《おっしゃ》るですが、どうしてもあの覆面探偵は怪しいですよ」と大江山はまたしても、青竜王|排撃《はいげき》の火の手をあげているのであった。「第一あの覆面がよろしくない。本庁《ほんちょう》の部下の間には猛烈な不平があります。このままあの覆面を許しておくということになると、統制上《とうせいじょう》由々《ゆゆ》しき一大事が起るかもしれません」
「気にせんがいいよ。そうムキになるほどのことではない。たかが私立探偵だ」
「いまも電話をかけましたが、青竜王《やつ》は所在《しょざい》が不明です。その前は十日間も行方が分らなかった」
「まアいい。あれ[#「あれ」に傍点]は悪いことの出来る人間じゃないよ」
「それから所在不明といえば、あの西一郎という男ですネ。彼奴《きゃつ》は犠牲者の兄だというので心を許していましたが、イヤ相当《そうとう》なものですよ。彼奴は無職で家にブラブラしているかと思うと、どこかへ行ってしまって、幾晩もかえって来ない。留守番《るすばん》のばあやは金を貰っていながら、気味《きみ》わるがっています。昨夜《ゆうべ》もそうです。蝋山教授を騙《だま》して、不明の目的のために四郎の屍体《したい》を解剖させているうちに、怪漢《かいかん》を呼んで屍体を奪わせた。そのくせ当人は、痣蟹が屍体を盗んでいったと称しています。あれは偽《に》せの兄ですよ。本当の兄なら、屍体を取返そうと思って死力《しりょく》をつくして追駈《おいか》けてゆきます」
「イヤあれは本当の兄だよ」
「私は随分《ずいぶん》部下や新聞記者の前を繕《つくろ》ってきましたが、今日かぎりそれを止めて、本当の考えを発表します。第一今日はキャバレー・エトワールの事件で、青竜王《きゃつ》のところのチンピラ小僧にうまうませしめられて、面白くないです」
といっているところへ、給仕が入ってきて、雁金検事に電話が来ていると伝えた。
「はアはア、私は雁金だが、――」
と電話に出てみると、向《むこ》うは噂《うわ》さの主《ぬし》の覆面の探偵青竜王からだった。
「今日何か新しい吸血鬼事件があったでしょう」
「ほい、もう嗅《か》ぎつけたか。あれは絶対秘密にして置いたつもりだが、実は――」
と、検事は大江山との今の話を忘れてしまったように、秘密事件について話しだした。それは今日|昼《ひる》すこし前、例の事件について調べることがあって迎《むか》えのために警官をキャバレー・エトワールへ振出《ふりだ》してみると、雇人《やといにん》は揃っているが、主人のオトー・ポントスが行方不明であるという。そこでポントスの寝室《しんしつ》を調べてみると、ベッドはたしかに人の寝ていた形跡《けいせき》があるが、ポントスは見えない。尚《なお》もよく調べると、床《ゆか》の上に人血《じんけつ》の滾《こぼ》れたのを拭いた跡が二三ヶ所ある。外《ほか》にもう一つ可笑《おか》しいことは、室内にはポータブルの蓄音器《ちくおんき》が掛け放しになっていたが、そこに掛けてあったレコードというのがなんと赤星ジュリアの吹きこんだ「赤い苺の実」の歌だったという。いまもってポントスの行方《ゆくえ》は分らない。――
その話をして、雁金検事は青竜王の意見をもとめたところ、彼は電話の向うで、チェッと舌打ちをして云った。
「雁金さん、ポントスは昨夜《ゆうべ》から今日の昼頃までに殺されたんですよ」
「そう思うかネ。誰に殺された。――」
「もちろん吸血鬼に殺されたんですよ。屍体はその近所にある筈《はず》ですよ。発見されないというのは可笑しいなア」
「やっぱり吸血鬼か。そうなると、これで三人目だ。これはいよいよ本格的の殺人鬼の登場だッ。――ところで君はいま何処にいるのだ。勇が探していたが、会ったかネ」
「場所はちょっと云えませんがネ。そうですか、勇君は何を云っていましたか。――」
と其処《そこ》までいったとき、何に駭《おどろ》いたか、青龍王は電話の向うで、
「ウム、――」
と呻《うな》った。そして、
「検事さん、また後で――」
といって、電話はガチャリと切れた。
「午後四時十分。――」
と、検事は静かに時計を見た。すると待っていたように、大江山課長が声をかけた。
「青竜王のいるところが分りました。いま電話局で調べさせたんです。青竜王《せんせい》、いま竜宮劇場の中から電話を掛けたんです。私は青竜王に一応|訊問《じんもん》するため、職権《しょっけん》をもって拘束《こうそく》をいたしますから……」
「午後四時十分。――」
と検事は大江山の言葉が聞えないかのよう
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