アの友達の矢走千鳥《やばせちどり》も傍《そば》まできました。でもいくらなんでもこの二人が……」
「でもこの二人の外に誰も少女は帰って来なかったんだろう。一応そこを考えてみなくちゃいけない。それに先刻《さっき》の話では、四郎――イヤその学生の日記帳の数十|頁《ページ》が、いつの間にか破られていたというし……」
「そのことは大辻さんがたいへん怒っていますよ。どうしても二人に尋ねるんだといって、今日出かけていったんです」
「ジュリアの耳飾《みみかざり》右の方のはチャンとしていたけれど、左のは石が見えなくて金環《きんかん》だけが耳朶《みみたぼ》についていたというのは面白い発見だネ」
「僕は耳飾から落ちた石が、もしや吸血鬼の潜んでいた草叢《くさむら》に落ちていないかと思って探したんだけれど、見付からなかった。それからジュリアの歩いたと思う場所をすっかり探してみたんだけれど、やはり見付からなかった。それでジュリアの耳飾の青い石は、あの辺で落したものじゃないということが分ったんですよ。青竜王《せんせい》」
 少年はそういって、眼をパチパチ瞬《まばた》いた。青竜王はパイプから盛んに紫煙《しえん》を吸いつけていたが、やがて少年の方に向き直り、
「君は少年の屍体の辺もよく探してみたかネ」
「もちろん懐中電灯で探したんだけれど、何遍《なんべん》やってみても見つからなかったんです」
「ほう、そうかネ」
 少年は青竜王の顔をしげしげ見ていたが「まさか青竜王《せんせい》は赤星ジュリアたちを怪しんでいるのじゃないでしょうネ」
 青竜王はそれに応えようともせず、いつまでも黙ってパイプを吸いつづけていた。
 そのとき卓上電話のベルがリリリンと喧《やかま》しく鳴り響いた。勇少年が受話器をとりあげて出てみると、向うは赤星ジュリアを尋《たず》ねていった筈の大辻の声だった。
「ナニ丸ノ内で大騒ぎが始まったって? 青竜王《せんせい》が帰っていられるから、いま代るから待っているんだよ」
 といって、受話器を譲った。
 青竜王はうむうむと聴いていたが、やがて電話を切った。
「どうしたんです、青竜王《せんせい》」
「なアに、痣蟹が竜宮劇場の裏口を通っていたのを発見して、また警官隊と銃火《じゅうか》を交《まじ》えたのだそうだ。痣蟹はとうとう逃げてしまったので、疲《つか》れ儲《もう》けだ。しかし痣蟹は竜宮劇場の外を歩いていたのか、それとも中から出て来たのか分らないそうだ」
 竜宮劇場というと、誰でもすぐジュリアを思いうかべる、やはりジュリアは事件に関係があるのだろうか。
「でも変ですね。痣蟹はあの恐ろしい横顔を知られずに、どうして昼日中《ひるひなか》歩いていられたのでしょう」
「ウン痣蟹は田舎者のような恰好《かっこう》をして、トランクを肩にかついで、たくみに痣をかくしていたそうだ」
「なるほど、うまいことを考えたなア。はははは」
「大辻はジュリアに会って日記帳のことを聞いたが、あたしは知りませんといわれたそうだ、まずいネ」
 青竜王は自室に入ると、それから夕方までグッスリと睡った。
 夕飯ができた頃、勇少年がベルを押すと、青竜王は起き出してきた。依然《いぜん》たる覆面のため、顔色は窺《うかが》うよしもないが、動作は明かに元気づいてみえた。そして大辻も加わって久し振りで三人が揃って食卓についた。しかし探偵談は一切ぬきであった。それが青竜王の日頃のお達《たっ》しであったから。――夕飯が済《す》むと、青竜王は行先も云わずブラリと事務所を出ていった。
 痣蟹はどこへ逃げてしまったろう。いま何処《どこ》に隠れているのだろう。覆面探偵青竜王は戦慄《せんりつ》すべき吸血鬼事件に対しいまや本格的に立ち向う気色《きしょく》をみせている。彼の行方《ゆくえ》はいずれこの事件に関係のある方面であろうということは改《あらた》めて謂《い》うまでもあるまい。だがその行先は暫《しばら》く秘中《ひちゅう》の秘として預《あずか》ることとし、その夜更《よふけ》、大学の法医学教室に起った怪事件について述べるのが順序であろう。
     ―――――――――――――――
 宏大な大学の構内は、森林に囲まれて静寂そのものであった。殊にこれは夜更の十二時のことであった。梟《ふくろう》がときどきホウホウと梢《こずえ》に鳴いて、まるで墓場のように無気味であった。木造《もくぞう》の背の高い古ぼけた各教室は、納骨堂が化けているようであった。そしてどの窓も真暗であった。ただ一つ、消し忘れたかのように、また魔物の眼玉のように、黄色い光が窓から洩《も》れている建物があった。それは法医学教室の解剖室《かいぼうしつ》から洩れてくる光だった。
 近づいてみても、カーテンが深く下ろしてあるので窓の中にはなにがあるのやら、様子が分らなかった。ただ森閑
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