か。あれは絶対秘密にして置いたつもりだが、実は――」
 と、検事は大江山との今の話を忘れてしまったように、秘密事件について話しだした。それは今日|昼《ひる》すこし前、例の事件について調べることがあって迎《むか》えのために警官をキャバレー・エトワールへ振出《ふりだ》してみると、雇人《やといにん》は揃っているが、主人のオトー・ポントスが行方不明であるという。そこでポントスの寝室《しんしつ》を調べてみると、ベッドはたしかに人の寝ていた形跡《けいせき》があるが、ポントスは見えない。尚《なお》もよく調べると、床《ゆか》の上に人血《じんけつ》の滾《こぼ》れたのを拭いた跡が二三ヶ所ある。外《ほか》にもう一つ可笑《おか》しいことは、室内にはポータブルの蓄音器《ちくおんき》が掛け放しになっていたが、そこに掛けてあったレコードというのがなんと赤星ジュリアの吹きこんだ「赤い苺の実」の歌だったという。いまもってポントスの行方《ゆくえ》は分らない。――
 その話をして、雁金検事は青竜王の意見をもとめたところ、彼は電話の向うで、チェッと舌打ちをして云った。
「雁金さん、ポントスは昨夜《ゆうべ》から今日の昼頃までに殺されたんですよ」
「そう思うかネ。誰に殺された。――」
「もちろん吸血鬼に殺されたんですよ。屍体はその近所にある筈《はず》ですよ。発見されないというのは可笑しいなア」
「やっぱり吸血鬼か。そうなると、これで三人目だ。これはいよいよ本格的の殺人鬼の登場だッ。――ところで君はいま何処にいるのだ。勇が探していたが、会ったかネ」
「場所はちょっと云えませんがネ。そうですか、勇君は何を云っていましたか。――」
 と其処《そこ》までいったとき、何に駭《おどろ》いたか、青龍王は電話の向うで、
「ウム、――」
 と呻《うな》った。そして、
「検事さん、また後で――」
 といって、電話はガチャリと切れた。
「午後四時十分。――」
 と、検事は静かに時計を見た。すると待っていたように、大江山課長が声をかけた。
「青竜王のいるところが分りました。いま電話局で調べさせたんです。青竜王《せんせい》、いま竜宮劇場の中から電話を掛けたんです。私は青竜王に一応|訊問《じんもん》するため、職権《しょっけん》をもって拘束《こうそく》をいたしますから……」
「午後四時十分。――」
 と検事は大江山の言葉が聞えないかのよう
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