恐怖の口笛
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)逢《お》う魔《ま》が時刻《とき》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)東京|丸《まる》ノ内《うち》の
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)たちまち※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と
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逢《お》う魔《ま》が時刻《とき》
秋も十一月に入って、お天気はようやく崩《くず》れはじめた。今日も入日《いりひ》は姿を見せず、灰色の雲の垂《た》れ幕《まく》の向う側をしのびやかに落ちてゆくのであった。時折サラサラと吹いてくる風の音にも、どこかに吹雪《ふぶき》の小さな叫び声が交《まじ》っているように思われた。
いま東京|丸《まる》ノ内《うち》のオアシス、日比谷《ひびや》公園の中にも、黄昏《たそがれ》の色がだんだんと濃くなってきた。秋の黄昏れ時《どき》は、なぜこのように淋しいのであろう。イヤ時には、ふッと恐ろしくなることさえある。云い伝えによると、街の辻角《つじかど》や林の小径《こみち》で魔物に逢うのも、この黄昏れ時だといわれる。
このとき公園の小径に、一人の怪しい行人《こうじん》が現れた。怪しいといったのはその風体《ふうてい》ではない。彼はキチンとした背広服を身につけ、型のいい中折帽子を被り、細身の洋杖《ケーン》を握っていた。どうみても、寸分の隙のない風采《ふうさい》で、なんとなく貴族出の人のように思われるのだった。しかし、その上品な風采に似ずその青年はまるで落付きがなかった。二三歩いってはキョロキョロ前後を見廻わし、また二三歩いっては耳を傾け、それからまたすこし行っては洋杖《ケーン》でもって笹の根もとを突いてみたりするのであった。
「どうも分らない」
青年は小径の別れ道のところに立ち停ると吐きだすように呟《つぶや》いた。そして帽子をとり、額の汗を白いハンカチーフで拭った。青年の白皙《はくせき》な、女にしたいほど目鼻だちの整った顔が現れたが、その眉宇《びう》の間には、隠しきれない大きな心配ごとのあるのが物語られていた。――彼はさっきから、懸命になって、何ものかを探し求めて歩いていたらしい。
「どうして、こんなに胸騒ぎがするのだろう」
青年
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