蔭に、悲しむべき目的物を探しあてたのだった。それは小径の方に向いてヌッと伸びている靴を履いた一本の足だった。
「おお、――」
青年紳士は、その場に化石のようになって、突立《つった》った。
二重《にじゅう》の致命傷《ちめいしょう》
青年紳士は暫くしてから気を取り直すと、静かに芝草の中へ足を踏みいれた。そして屍体《したい》の方に近づいて、その青白い死顔を覗《のぞ》きこんだ。
「おお、四郎……」
と、彼は腸《はらわた》からふり絞るような声で、愛弟《あいてい》の生前《せいぜん》の名を呼んだ。
ああ、何という無惨!
五月躑躅《さつき》の葉蔭に、学生服の少年が咽喉《のど》から胸許《むなもと》にかけ真紅《まっか》な血を浴びて仰向《おあむ》けに仆《たお》れていた。青年は芝草の上に膝を折って、少年の脈搏を調べ、瞼《まぶた》を開いて瞳孔《どうこう》を見たが、もう全く事切れていた。そして身体がグングン冷却してゆくのが分った。
兄は悲しげにハラハラと落涙《らくるい》した。
「死んでいる。……四郎、お前は誰に殺されたのだ」
屍体は肉親の兄|西一郎《にしいちろう》にめぐりあい、おのれを屠《ほふ》った恨深い殺人者について訴えたいように見えたが屍体はもう一と口も返事することができなかった。
兄の一郎は涙を拭うと、血にまみれた屍体を覗きこんだ。そのとき彼は屍体の頤《あご》のすぐ下のところに深い、溝《みぞ》ができているのを発見した。よく見ると、その溝の中には細い鋼《はがね》の針金らしいものが覗いていた。
「おや、これは不思議だ。絞殺されたのかしら」と一郎は目を瞠《みは》った。「それにしても、胸許を染めている鮮血《せんけつ》はどうしたというのだろう」
絞殺に鮮血が噴《ふ》きでるというのは可笑《おか》しかった。なにかこれは別の傷口がなければならない。一郎は愛弟四郎の屍体に顔を近づけた。そして注意ぶかく、屍体の頭に手をかけると首をすこし曲げてみた。
「ああ、これは……」
屍体の咽喉部は、真紅な血糊《ちのり》でもって一面に惨《むご》たらしく彩《いろど》られていたが、そのとき頸部《けいぶ》の左側に、突然パックリと一寸ばかりの傷口が開いた。それは何で傷《きずつ》けたものか、ひどく肉が裂けていた。その傷口からは、待ちうけていたように、また新しい血潮がドクドクと湧きだした。一郎はハッ
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