この学生さんは始めその木の陰で向うを向いて腰を下ろしていたんだよ。するとネ、学生さんの背後《うしろ》の繁った葉の間から、二本の手がニューッと出て、細い針金でもって学生さんの首をギューッと締めつけたんだ。それでとうとう死んじゃったんだ」
「そのくらいのことは分っているよ」と大辻が痩せ我慢をいった。
「どうだかなア。――そこで犯人は、表へ廻って、この屍体の側に近よった。そして咽喉のところを喰《く》っ切って血を出してしまったのさ。こうすると全く生きかえらないからネ」
「それくらいのこと、わしにだって分らないでどうする」
「へーン、どうだかな。――殺される前に、学生さんは一人の美しい女の人と一緒に話をしていたのに違いない。その草の間にチョコレートの銀紙が飛んでいる中に、口紅がついたのが交《まじ》っている」
「ええ、本当かい、それは……」
「ほーら、大辻さんには分っていないだろう。――学生さんは女の人と話しているうちに、女の人はなにか用事が出来て、ここから出ていったのさ。すぐ帰ってくるから待っていてネといったので、学生さんはじっと待っていた。その留守に頸を締められちまったのさ」
「青竜王《せんせい》の真似だけは上手な奴じゃ」
「それからまだ分っていることがある……」
 勇少年の饒舌《じょうぜつ》は、まだ続いてゆく。赤星ジュリアは聞き飽きたものかスカートをひるがえして、待たせてあった自動車の方へ歩いていった。
 西一郎の方は、さっきから黙って、青竜王の部下だという大男と少年の話を聞いていたが、これもジュリアの跡を追って、その場を立ち去った。彼はまだ怪人の行方をつきとめたい気があるのかも知れなかった。
 勇少年と大辻とは、それに気づかない様子で、夢中になって饒《しゃべ》りつづけていた。しかし二人の男女が立ち去ってしまうと、思わず顔を見合わせてニッコリと笑った。
「だが勇坊、お前はいけないよ、あんな秘密なことまで喋《しゃべ》ったりして」
「あんなこと秘密でもなんでもありゃしない。僕はもっと面白いことを二つも知っているよ」
「面白いことって?」
「一つは赤星ジュリアの耳飾りのこと、それからもう一つは、いまのもう一人の男の顔にある変な形の日焼《ひや》けのことだよ」
「ほほう。早いところを見たらしいネ。だがそんなことが何の役に立つんだネ」
「それは大辻さんが発見した日記帳以上に役に立つか
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