も知れない」
「ほう、日記帳!」大辻は何を思ったか、屍体のところへ飛んでいった。そして屍体の背中をすこし持ちあげると、その下に隠されていた小さな黒革の日記帳をとりだした。彼はその日記帳の頁をパラパラと繰《く》っていたが、突然|吃驚《びっくり》して、大声で叫んだ。
「ああ大変じゃ。――オイ勇坊、誰かこの日記帳から何十頁を切り裂いて持っていったぞ。先刻《さっき》調べたときには、こんなことがなかったのに……」
奇怪な挑戦状
その翌日の午《ひる》さがり、警視庁の大江山《おおえやま》捜査課長は、昨夜来《さくやらい》詰《つ》めかけている新聞記者団にどうしても一度会ってやらねばならないことになった。
その日の朝刊の社会面には、どの新聞でもトップへもって来て三段あるいは四段を割《さ》き、
「帝都に吸血鬼現る?
――日比谷公園の怪屍体――」
とデカデカに初号活字をつかった表題で、昨夕《ゆうべ》の怪事件を報道しているところを見ても、敏感な新聞記者たちは早くもこれが近頃珍らしい大々事件だということを見破ったものらしい。
大車輪で活動を続けている大江山課長は五分間だけの会見という条件でもって、新聞記者団を応接室へ呼び入れた。ドヤドヤと入ってきた一同は、たちまち課長をグルッと取巻いてしまった。
「五分間厳守! あとは云わんぞ」
と、課長は先手をうった。
「すると本庁では事件を猛烈に重大視しているのですネ」
と、早速記者の一人が酬《むく》いた。
「犯人は精神病者だということですが、そうですか」
と、他の一人が鎌《かま》をかけて訊《き》いた。
「犯人はまだ決定しとらん」
課長は口をへの字に曲げていった。
「法医学教室で訊くと被害者の血は一滴も残っていなかったそうですね」
「莫迦《ばか》!」課長は記者の見え透いた出鱈目《でたらめ》を簡単にやっつけた。
「犯人は、被害者の実兄だと称している西一郎(二六)なのでしょう」
「今のところそんなことはないよ」
「西一郎の住所は?」
「被害者と同じ家だろう?」
「冗談いっちゃいけませんよ、課長さん。被害者は下宿住居《げしゅくずまい》をしているのですよ。本庁はなぜ西一郎のことを特別に保護するのですか」
「特別に保護なんかしてないさ」
課長は椅子にふん反《ぞ》りかえった。
しかし被害者の実兄の住所を極秘にしていることは、何か特
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