中で定かに分らないが、十歳あまりの少年が駈けこんできた。そして後方《うしろ》をクルリとふりむいて大声に叫んだ。
「オーイ、早くお出でよ、大辻さーん」
 向うの方からも、別な跫音がバタバタと近づいてきた。
「待て待て、勇坊《いさぼう》、ひとりで駈けだすと、危いぞオ」
 そういう声の下《もと》に、大入道のような五十がらみの肥満漢が、ゼイゼイ息を切りながら姿を現わした。――どうやら二人は連《つれ》らしい。
「大辻《おおつじ》さん。赤星ジュリアの外に、もう一人若い男が殖《ふ》えたぜ」
 と、少年は小慧《こざか》しい口を利いた。
「ほう、そうじゃなア」
 そういうところを見ると、既に二人はジュリアが屍体のところへ来たのを知っていたらしい。
「皆さん。そこにある屍体を見るのはかまわないけれど、手で触っちゃ駄目だよ。折角の殺人の証拠がメチャメチャになると、警官が犯人を探すのに困るからネ」と少年は大真面目《おおまじめ》でいってから、大辻と呼ばれる大男の方に呼びかけた。「どうだい大辻さん。この殺人事件において、大辻さんは何を発見したか、それを皆並べてごらんよ」
「オイよさねえか、勇坊。みなさんが嗤《わら》っているぜ」
 と大辻は頭を掻いた。
「まあ面白いこと仰有るのネ。あなた方は誰方《どなた》ですの」
 ジュリアは、眼のクルクルした少年に声をかけた。
「僕たちのことを怪しいと思ってるんだネ、ジュリアさん。僕たちは、ちっとも怪しかないよ。僕たちはこれでも私立探偵なんだよ。知っているでしょ、いま帝都に名の高い覆面探偵の青竜王《せいりゅうおう》ていうのを。僕たちはその青竜王の右の小指なんだよ」
「まあ、あなたが小指なの」
「ちがうよ。小指はこの大辻さんで、僕が右の腕さ」
「青竜王がここへいらっしゃるの?」
「ううん」と少年は急に悄気《しょげ》て、かぶりを振った。「青竜王《せんせい》がいれば、こんな殺人事件なんか一と目で片づけてしまうんだけれど。だけれど、青竜王《せんせい》はどうしたものか、もう十日ほど行方が分らないんです。だから僕と大辻さんとで、この事件を解決してしまおうというの」
「オイオイ勇坊。つまらんことを云っちゃいけないよ」
「そうだ。それよりも早く結論を出すことに骨を折らなければ……」と勇《いさむ》少年は再び大辻の方を向いていった。「大辻さんには分っているかどうかしらないけれど、
前へ 次へ
全71ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング