がその前に約束だけは果させてくれ。というのは、僕は君に云いたいことがあるんだ」
「云いたいことがある。有るなら最期の贈り物に聞いてやろう。但し五分間限りだよ。早く云いな――」
「僕はこれまで、かなり君を庇《かば》ってきてやったぞ。君は知らないことはないだろう。最近に玉川で矢走千鳥を襲ったのも君だった。僕が出ていって君を離したが。そのお陰で、君は吸血の罪を一回だけ重ねないで済《す》んだのだ。いや一回だけでない。いままでに君を邪魔《じゃま》して、吸血の罪を犯させなかったことが五度もある。それは君を呪いの吸血病から、何とかして救いたいためだった。……」
「なにを云う。……すると今まで、邪魔が飛びだしたのは、皆お前のせいだとおいいだネ」
と、悪鬼《あっき》は拳《こぶし》を固めて、青竜王を丁々《ちょうちょう》と擲《なぐ》った。探偵は歯を喰い縛って怺《こら》えた。
「君に悔い改めさせたいばかりに、パチノ墓地からも君を伴って逃がしてやった」
ああ、すると吸血鬼というのは、もしや……。
「お黙り」と悪鬼は、またもや探偵の胸を殴《なぐ》った。探偵はウムと呻《うな》って悶《もだ》えた。
「僕には君の正体が、もっと早くから分っていたのだよ。思い出してみたまえ。君が四郎少年を殺したとき、死にもの狂いで探していたものは何だったか覚えているだろう。それが官憲《かんけん》に知れると、立ち所《どころ》に君は殺人魔として捕縛《ほばく》されるところだった。僕はそれを西一郎の手を経《へ》て君の手に戻してやった」
「出鱈目《でたらめ》をお云いでないよ。妾は知らないことだよ。――さあ、もう時間は剰《あま》すところ一分だよ」
「君に悔《く》い改《あらた》めさせたいばかりに、僕は君の自由になっているのが分らないのか」
「感傷《かんしょう》はよせよ。みっともない」
「ああ、到頭《とうとう》僕の力には及ばないのか。……では僕は一切を諦《あきら》めて殺されよう。だが只一つ最後に訊《き》きたい。君はなぜ吸血の味を知ったのだ。なにが君を、そんなに恐ろしい吸血鬼にしたのだ」
「そんなことなら、あの世への土産《みやげ》に聞かせてあげよう。――それは先祖から伝わる遺伝なのだよ。パチノを知っているだろう。あれは九人の部下が死ぬと、一人残らず血を吸いとったのだよ。妾はそれを遺書の中から読んだ。……ああ、その遺書が手に入らなかっ
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