とうとう妊娠《にんしん》して仕舞ったのだ。男は、幣履《へいり》のごとく、この女をふり捨ててしまったのだった。彼女は、星宮君の云うが如きロシアの女には、なりきれなかったのだ。棄てられてしまうと、彼女はやっと目が覚めた。貞操を弄《もてあそ》ばれた悔恨《かいこん》が、彼女の小さい胸に、深い深い溝《みぞ》を刻みこんだ。それからというものは、彼女は人が変ったように終日《ひねもす》おのれの小さい室に引籠《ひきこも》って、家人にさえ顔を合わすのを厭《いや》がったが、遂には極度の神経衰弱に陥り、一時は、あられもない事を口走るようになってしまったのだった。
 彼女の家庭のひとびとは、彼女を捨てたその男を呪《のろ》ってやまなかった。中でも一番ふかい憤怒《ふんぬ》をいだいたのは、次兄にあたる人だった。次兄は彼女が幼いときから、特別に彼女を可愛いがっていたのだった。
『大きくなったら、あたいのお嫁さんに貰おうかなア』
 などと云って両親や、伯母たちに散々笑われたほどだった。そんなに可愛いがった妹が、救《すく》う途《みち》のない汚辱《おじょく》に泣き暮しているのを見ると、その次兄は、
『復讐《ふくしゅう》だ、復
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