ているところもあるようだね。とにかく其のB子夫人は、僕の食慾《アペタイト》を激しくあおりあげたのだった。食慾を感ずるのは、胃袋が悪いんだろうか、その唆《そその》かすような甘い香《か》を持った紅い果実が悪いのだろうか、どっちだろうかと考えたほどだった。だが、僕は日頃の信念に随って、飽《あ》くまで科学的に冷静だった。筋書どおりにチャンスが向うからやって来るまで、なんの積極的な行動もとらなかった。
 軈《やが》てチャンスは思いがけなく急速にやって来た。というのは、B子がその夫君《ハズ》と四五日間|気拙《きまず》い日を送った。その動機は、僅かの金が無いことから起ったのだった。その次の日は、彼女の夫君《ハズ》が出張に出かけることまで僕のところには解っていた。B子夫人はその日、某デパートへ買いもののため、彼女の郊外の家を出掛けたが、その道すがら突然アパッシュの一団に襲われたのだった。小暗《こぐら》い森蔭《もりかげ》に連れ込まれて、あわや狼藉《ろうぜき》というところへ飛び出したのが僕だった。諸君はそのような馬鹿なことがと嗤《わら》うかもしれないが、B子夫人も普通の婦女とおなじく、この昔風な狂言暴行を
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