云わせると、失恋の極《きょく》、命をなげだして、恋敵《こいがたき》と無理心中をやった熊内中尉は、大馬鹿者だと思う。鰻の香《におい》を嗅いだに終った竹花中尉も、小馬鹿《こばか》ぐらいのところさ。何故って云えば、熊内中尉の場合に於て、Aとか云う女を手に入れることは、ちょっとしたトリックと手腕さえあれば、なんの苦もなく手に入るのだった。Aは竹花中尉と結婚することにはなっているが、熊内中尉を別に毛虫のように芯《しん》から嫌っているわけではないのだから、いくらでも、竹花中尉との縁組《えんぐみ》をAに自らすすんで破らせる位のことは、なんなくできるんだ。何しろ相手は、東西も判らない未婚の娘なんじゃないか。
人の細君は誘惑できないというが僕は二日で手に入れた記録がある。その細君を仮りに――そうだネB子夫人と名付けて置こう。色が牛乳のように白く、可愛《かわ》いい桜桃《さくらんぼ》のように弾力のある下唇をもっていて、すこし近視らしいが円《つぶ》らな眼には湿ったように光沢《こうたく》のある長い睫毛《まつげ》が、美しい双曲線をなして、並んでいた――というと、なんだか、川波大尉どののお話のAさんという少女に似
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