と拙いのさ。というのは、あれを私が買ってから、中身《なかみ》を少し搬《はこ》び出してしまったのよ、そいつを元通りに返すとすると、どうしても午後十時になる」
「へえ、中身をネ」老人は訝《いぶ》かしそうに呟《つぶや》いた。「中身というと、あの酸の入っている……」
「そうさ、酸を或る所へ持っていったのさ。買ったからにゃ、宝ものは私のものだからネ」
「そういえばカンカン寅の一味も、あの中身をソックリつけてと云っていたよ。こいつは変だぞ。……オイ政どん、噂に聞くと、あのカンカン寅が銀座の金塊を盗みだしたというが、お前は昨日《ゆうべ》、あの建物にカンカン寅が隠してあった九万円の金塊を探しだして、搬びだしたんだナ」
「金塊は無かったよ」と私は朗《ほがら》かに云った。「金塊どころか、金の伸棒《のべぼう》も入っていなかったことは、警官たちが一々検査して認めているよ」
「ほほう、そのとき警官が立ち会ったのかい」
「立ち会ったともさ。何しろその中身はいま警察へ行っているんだぜ」
「へへえ、中身が警察へネ。わしにゃ判らない。一体その酸をどうしようというので……」
「いまに号外が出る。そのとき訳が判るよ」



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