散に駈け出そうとする鼻先へ、不意に人が現《あらわ》れた。
「オイ政、待った!」
その声には聞き覚《おぼ》えがあった。これはいかんと引き返そうとすると、後からまた一人が追い縋《すが》った。私はとうとう挟《はさ》み打ちになってしまった。
(しまった!)
と思ったが、もう遅い。
「政! 妙なところで逢うなア」
二人は予《かね》て顔馴染《かおなじみ》の警視庁|強力犯係《ごうりきはんがかり》の刑事で、折井《おりい》氏と山城《やましろ》氏とだった。いや、顔馴染というよりも、もっと蒼蠅《うるさ》い仲だったと云った方がいい。
「……」
私はチェリーを一本抜いて、口に銜えた。
「話がある。ちょっと顔を貸して呉れ」
「話? 話ってなんです」
「イヤ、手間は取らさん」
刑事は猫なで声を出して云った。
「旦那方」私は真面目に云った。「銀座の金塊《きんかい》は、私がやったのじゃありませんぜ」
「ナニ……君だと云やしないよ」
刑事は擽《くすぐ》ったそうに苦笑した。恐らくあの有名な「銀座の金塊事件」を知らない人はあるまいが、事件というのは今から十日ほど前、銀座第一の花村貴金属店の飾り窓から、大胆にもそこ
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