んば》っていた山城刑事に退路《たいろ》を絶《たた》たれ、逡《たじ》ろぐところを追いすがった折井刑事に組みつかれ、そこで大乱闘の結果、とうとう縛《ばく》についたというわけだった。二人の刑事は、案《あん》の定《じょう》大手柄を立てたことになった。その悦《よろこ》びのあまり、一旦|不審《ふしん》を掛《か》けた私だったが、何事もなく離してくれたのだった。
 しかし捕《とら》えたカンカン寅というギャングの顔役は、当局の訊問《じんもん》に対して、思うような自白をしなかった。彼の手先である赤ブイの仙太殺しの一件を追求しても、首を横に振るばかりか、例の証拠をさしつけても一向|恐《おそ》れ入《い》らなかった。かねがね手強《てごわ》い悪党だとは考えていたが、あまりにもひどく否定しつづけるので、係官もすこし疑問を持つようになったと、きょう折井刑事が不満そうに語ったことだった。
 それに引きかえ、カンカン寅|捕縛《ほばく》と共に、明かな失望を抱いたのは、この壮平爺さんだった。彼はあの古い建物の持ち主だった。彼は本牧《ほんもく》で働いている彼の一人娘|清子《きよこ》を除いては、この古い建物が彼の唯一の財産だった。ところで壮平爺さんは、目下大変な財政的ピンチに臨《のぞ》んでいるのだった。それは先年《せんねん》、ついウカウカと高利貸《こうりがし》の証文《しょうもん》に連帯《れんたい》の判を押したところ、その借主がポックリ死んでしまって、そのために気の毒にも明日が期限の一千円の調達《ちょうたつ》に老《おい》の身を細らせているのだった。下手をすれば、娘の清子を棲《す》みかえさせて、更に莫大な借金を愛児の上に掛けさせるか、それとも首をくくって死ぬより仕方がなかったのだった。詮方《せんかた》なく、物は相談と思い、カンカン寅の許を訪ね、あのボロボロの建物を心ばかりの抵当《ていとう》ということにして(あれでは二百円も貸すまいと云われた)、一千円の借金を申込んだ。
 寅は何と思ったか、それを二つ返事で承知して、壮平爺さんを帰らせた。それは今から一月前のことだった。しかしカンカン寅は一向に金の方は渡す様子がない。それで催促《さいそく》にゆくと、期限の前日までに渡してやろうという話だった。ところが明日が約束の日という昨夜になって、カンカン寅が突然警察へ監禁《かんきん》されてしまったので、爺さんは失心《しっしん》せ
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