証拠がないよ。入乱《いりみだ》れた靴の跡も無しさ。第二に、前から強迫《きょうはく》しているのに、背後《うしろ》から撃ったのでは、前にいる同じ仲間のやつに、ピストルが当りゃしないかネ。僕はそんなことじゃないと思うよ」
「じゃ、どう思う?」
「僕のはこうだ。仙太のやつ、ここまで来て金貨を数えていたのだ。ここは人通もない暗いところだけれど、向うの街の灯《あかり》が微《かす》かに射《さ》しているので。ピカピカしている金貨なら数えられる。そこを遥か後方《うしろ》から尾《つ》けて来たやつが、ピストルをポンポンと放して……」
「ポンポンなんて聞えなかった。……尤《もっと》も俺は消音《しょうおん》ピストルだと思っているが……」
「とにかく、遥か後方から放ったのだ。見給え、この弾痕《だんこん》を。弾丸《たま》は撃ちこんだ儘で、外へは抜けていない。背後近くで撃てば、こんな柔かい頸《くび》の辺なら、弾丸《たま》がつきぬけるだろう」
刑事たちは、その筋へ警報することもしないで、勝手な議論を闘《たたか》わした。それは所轄《しょかつ》警察署へ急報するまでに、事件の性質をハッキリ嚥《の》みこんで、できるならば二人でもって手柄を立てたかったのである。それは刑事たちにとって、無理もない欲望だったし、それに二人が本庁を離れ、はるばるこの横浜《はま》くんだりへ入《い》りこんでからこっち、二人で嘗《な》めあった数々の辛酸《しんさん》が彼等を一層野心的にしていた。
私は先程から、二人の眼を避けて、屍体の横たわっている附近を、燐寸《マッチ》の灯《あかり》を便《たよ》りに探していた。そして漸《ようや》く「ああ、これだ」と思うものを見付けたのだった。それは地面に明いた小さい穴だった。これさえあれば、仙太殺害の謎は一部解けるというものだ。
「ねえ、旦那方」と私は論争に夢中になっている刑事たちに呼びかけた。
荒《あ》れ倉庫《そうこ》の秘密
「ナ、なんだッ」と刑事は吃驚《びっくり》したらしく、私を振り返った。
「どうですい。一つここらで手柄を立ててみる気はありませんか」
「なんだとオ。……生意気な口を利くない」
「素敵な手柄が厭《いや》ならしようが無いが……」
刑事二人は、ちょっと顔を見合わせていたが、やがてガラリと違った調子で、
「なんだか知らないが、聞こうじゃないか」
「聞いてやろうと仰有《おっ
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