階段の一つをのぼる度毎《たびごと》に、緋色《ひいろ》の長い蹴出《けだ》しが、遣瀬《やるせ》なく搦《から》みつくのであった。歌麿《うたまろ》からずっと後になって江戸浮世絵の最も官能的描写に成功したあの一勇斎國芳《いちゆうさいくによし》の画いたアブナ絵が眼の前に生命を持って出現したかのような情景だった。その白い脛が階段を四五段のぼると、どうしたものか丁度《ちょうど》僕の鼻の先一尺というところで突然、のぼりかけたままピタリと階段の上に停ってしまったものだから僕は呼吸《いき》のつまるほど驚いた。僕の五感は針のように鋭敏になって一瞬のうちにありとあらゆるところを吸取紙《すいとりがみ》のように吸いとってしまった。
ふくら脛のすこし上のところに、まだ一度も陽の光に当ったことがないようなむっつり白い肉塊《にくかい》があって、象牙《ぞうげ》に彫《ほ》りきざんだような可愛い筋が二三本|匍《は》っていた。だがその上を一寸ばかりあがった膝頭《ひざがしら》の裏側をすこし内股の方へ廻ったと思われるところに、紫とも藍《あい》ともつかない記号のようなものがチラリと見えたのは何であろう。見極《みきわ》めようとした途端
前へ
次へ
全37ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング