《とたん》に、ひとで[#「ひとで」に傍点]のような彼女の五本の指が降りて来て僕の視線の侵入するのを妨げてしまった。僕は何故か階段に踏み止《とどま》った婦人の心を読むために、はじめて眼をあげて彼女の顔をみあげた。おお、これは又、なんという麗人《あでびと》であろう。花心《かしん》のような唇、豊かな頬、かすかに上気した眼のふち、そのパッチリしたうるおいのある彼女の両の眼《まなこ》は、階段のはるか下の方に向いていて動かない。その眼《め》には、なにか激しい感情を語っている光がある。で、私は彼女の眸《ひとみ》についてその行方《ゆくえ》を探ってみた。だがそこには長身の友江田先生の外になにものも見当らなかった。僕はしばらく尚《なお》も遠方へ眼をやったが矢張り何者もうつらなかった。そのときハッと或ることに気付いて友江田先生の顔を注目したのであるが、
「もう時間だ。やめよう」
と先生が俄《にわ》かにこっちを見て叫んだ。その声音《こわね》が思いなしか、異様にひきつったように響いたことを、それから後、幾度となく僕は思い出さねばならなかったのだ。気がついて僕は階段を仰ぐと、あの女の姿は、消えてしまったかのよう
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