立番はその日から向う一週間に亘って続けられるというのだから、鳥渡《ちょっと》想像してみただけでも心臓が締めつけられるような苦しさに襲われるのであった。
 それは夏も過ぎ、涼しい風が爽《さわや》かに膚《はだ》を撫《な》でて行く初秋の午後であった。僕は肩から胸へ釣った記録板《きろくばん》と、両端《りょうたん》をけずった数本の鉛筆とを武器として学究者らしい威厳《いげん》を失わないように心懸けつつ、とうとう「信濃町」駅のプラットホームへ進出した。友江田先生の命ずるところに随《したが》い、僕はあの幅の広い、見上げるほど高い鼠色の階段の下に立った。そして乗降の客たちの邪魔にならぬ様《よう》、すこし階段の下に沿って奥へ引《ひっ》こむことにした。其処《そこ》は三角定規の斜辺についてすこし昇ったようなところで、僕の眼の高さと同じ位のところに、下から数えて五六段目の階段が横からすいてみえているのであった。そこに立ち階段を横からすかしてみれば、この階段を上って出口へ行く乗客の男女別はその下半身《しもはんしん》から容易に解ったし、観察者たる僕は身体を動かす必要もなく唯《ただ》鼻の先にあとからあとへと現われて来
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