殺されていてよ」とミチ子が耳の傍《そば》で囁《ささや》いた。サテは、と思って僕がミチ子を見据《みす》えた時、階上で叫ぶ声が聞えた。
「一体どうしたのだ。医師《いしゃ》を五六人呼んでこい。早く早く」
 その騒ぎのうちに僕はミチ子を逃してやりたかった。
「早くおにげ」僕はかすれた声を彼女の耳へ送りこんだ。
「まア、なにを言ってるの、貴方こそお逃げなさい、今のうちに」そう云って彼女は袖の中から褐色《かっしょく》の表紙のついた本を僕に手渡すではないか。それは例のカラクリに用いたスコットランド・ヤードの報告書であった。僕は狐につままれたようになにがなんだか判らなくなった。
「なにを勘ちがいしているのだ、僕じゃない」
「隠しても駄目よ。あんた、三階の階段にこの本を置いといたでしょう。リューマチの佐和山さん、あの本を踏むと滑《すべ》り落ちたのよ、なにもかも知っているわ、所長のときのこと、四宮さんのこと」
「いやちがう」僕は当惑した。何と言ってミチ子をなだめたものだろうかと眼の前に立つミチ子の肩をつかまえようとしたときに、佐和山女史|墜落《ついらく》の音をききつけた所員が方々からドヤドヤと駈けつけた。
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