前に立ちつくした。僕はいまだにその妖艶《ようえん》とも怪奇とも形容に絶する光景を忘れたことがない。僕は敢えてここにその描写を控えなければならないが、女史が生前つとめて黒い着物を選んでいたのは、女史の豊満な白い肉塊《にくかい》を更に生かすつもりであったことと、女史が最後につけていた長襦袢《ながじゅばん》が驚くべき図柄《ずがら》の、実に絢爛《けんらん》を極《きわ》めた色彩のものであったことを述べて置くに止《とど》めたい。
茫然《ぼうぜん》と突っ立っている僕の側《そば》を、何処《どこ》に居たのかミチ子が脱兎《だっと》の如く飛び出して、螺旋階段を軽業のように飛び上って行ったが、呀《あ》ッという間にまた上から飛び降りて来たのであるが、どうしたものか、まるで音がしなかった。それとともに何ヶ月振りかで彼女の白い太股についている紫色の痣《あざ》のようなものを見た。それは軽業師《かるわざし》にして始めてよくする処の外のなにものでもない。僕は四宮理学士が先刻《さっき》言った言葉を思い出して、悒欝《ゆううつ》になった。それにしても四宮氏は二階に居ないのかしら。
「四宮さん!」
「……」
「四宮さんは二階に
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