日僕は研究所内が最もだれきった空気になる午後三時を見計《みはから》ってソッと三階へ上った。兼《か》ねて目星《めぼし》をつけて置いた例の本を抜きとると上から三段目の階段へ載《の》せた。何くわぬ顔をして下へ降りて来ると、誰も居ないと思った二階に四宮理学士が突立《つった》っていたので、僕はギクッとした。
「古屋君、君はあの事件で僕を疑っているようだったが、君もあまり立ち入った行動を慎《つつし》んだがいいですよ」と彼はいつになくニヤニヤと笑ってみせた。
「貴方《あなた》こそいつも此の室でなにをして居られるのですか」と僕はつい逆腹《むかっぱら》を立てて言いかえしたが、後《あと》で直ぐ後悔した。
「君には言ってもいいんだが、曲馬団《きょくばだん》の娘なぞと親しくしているようだからうっかりしたことはまだ言えない」
「曲馬団の娘?」僕はなんのことだったかわからなかった。
「曲馬団の娘って誰のことです。言ってください」
「まアいい。君が冷静であるなら言ってもよいのだが、実は古屋君。所長を殺した犯人はもう解っているのだよ」
「えッ、それは本当ですか?」と僕は思わず四宮理学士につめよった。
「ウン、それが困
前へ 次へ
全37ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング