」と簡単に否定した。そしていつになく机をはなれると僕のそばに寄って来て頬と頬とをすりつけんばかりにして、僕の思いがけなかったようなことをしらせてくれた。
「あの日、貴方がきっと見遁《みのが》している人があると思いますわ。それはわたくしからは申しあげられませんけれど、ミチ子さんにお聴き遊ばせ、その人はカフス釦《ボタン》をあの二階のところへ落してしまったらしいのです。気をつけていらっしゃい。ミチ子さんがこれからも幾度となく二階へ探しに行くことでしょうから……」
「そのカフス釦は何時《いつ》なくなったのですか?」
「それは存じません」
「四宮さんじゃないのですか。四宮さんがなにか二階で探しものをしていたのを見たことがあるのですがね、尤《もっと》も事件のあるずっと三十分も前でしたが」
「まあ、四宮さんが二階で、二階のどこです?」
「階段のうしろだったです。貴女の言われるのは四宮さんじゃないのですか?」
「エエ、それは」女史は口籠《くちごも》りながら「やはり申上げられませんわ」と答えた。僕は佐和山女史も何か一生懸命に考えているらしいことを感付かぬわけに行かなかった。女史のむっちりした丸くて白い頸
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