かえって来ませんでしたね。どこへ行っていました?」
「ほほ、あたしは別段|怪《あや》しかなくってよ。鳥渡《ちょっと》外へ出て木蔭《こかげ》を歩いていただけなのよ。だけど、古屋さん、貴方自身は所長さんと嚢《ふくろ》の中に入っていたようなもので、手を一寸《ちょっと》伸ばせば所長さんの頸《くび》に届くでしょうね」
「馬鹿なことを!」僕は真赤《まっか》になってこの小娘を睨《にら》み据《す》えた。「僕は所長になんの恨《うら》みがあるのです。十日前に入れて貰ったばかりじゃありませんか、恩こそあれ、仇《あだ》なんか……」
「古屋さん。いまの言葉は、あたしの頭が考え出したわけじゃないのよ。あたしは、或《ある》人がそう言っているのを訊《き》いたのよ」
「誰がそう言ったんです? 僕は……」
「……」彼女は返事をする代りに、前の大きい机を指《ゆびさ》した。そのとき事務室の扉があいて佐和山女史のむっつりした顔があらわれた。
「ミチ子さん。四宮さんのお呼びよ」
ミチ子が室を出て行くと、僕は佐和山女史に今|訊《き》いた話をして女史の反省を求めた。だが女史は「わたくし、そんなことを申した覚《おぼ》えはございません
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