も一度上ってみましょう」と四宮理学士が言った。
僕は自《みずか》ら先登《せんとう》に立って、冷い螺旋階段の手すりに恐《こ》わ恐《ご》わ手をさしのべたときだった。急に頭の上にドタンバタンという激しい音がすると共に階段の上からネルソン辞典が四五冊、足許《あしもと》へ転がり落ちて来た。
「あら、あら、あら」
と甘ったるい声が天井から響くと、その急な階段を一人の女性がいと身軽にとぶように下りて来た。
「ミチ子嬢なのだナ!」
僕は思った。初対面の愛敬《あいきょう》をうかべて上を仰いだ僕は鼻の先一尺ばかりのところに現われた美しい少女の面《おもて》を見つめたまま急に顔面を硬直《こうちょく》させなければならなかった。
「図書係の京町《きょうまち》ミチ子嬢。こちらは今日から入所された理学士|古屋恒人《ふるやつねと》君。よろしく頼むよ」四宮理学士の声は朗《ほが》らかであった。
「あらまあ、あたし初めてお目にかかってたいへん失礼をいたしまして……」と彼女は紹介者に負けず朗らかに謳《うた》った。僕はなんと挨拶《あいさつ》をしたのか覚えていない。ただ「初めてお目にかかって」と言ったミチ子嬢が、本当に、信濃
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