その名を知っていた。あの天才女理学士が、こんなに若い女性で、しかもこの研究所に居て洋服はおろか袴《はかま》もつけていない平凡な服装をしているのを発見して驚いてしまった。あとで知ったことだが、佐和山女史は図書係主任を兼任していてこの室《へや》に席があるとのこと、その前の小さな机の一つには一脚の椅子が空《から》のまま並んでいた。
「ミチ子嬢は何処かへ行きましたか?」と四宮理学士が訊《き》いた。
「さア、隣りに居ましょう」と女史は指を厚い擦《す》り硝子《ガラス》の入った隣室との間の扉《ドア》を指《ゆびさ》した。ミチ子嬢といわれる婦人の机の上には、一|輪挿《りんざ》しに真赤なチューリップが大きな花を開いて居り、机の横の壁には縫いぐるみの小さいボビーが画鋲《がびょう》でとめてあった。僕はなんとなくこの机の主のことが気懸《きがか》りになった。
四宮理学士が扉《ドア》を開いて、となりの図書室を案内してくれた。僕はその室へ一歩を踏みこむなり、思わず「ほーッ」と声をあげてしまった。その室は三十坪ばかりの長方形の室であるが、四方の壁という壁には金文字の書籍雑誌が幾段にもぎっしりとつまっていた。広い読書机
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