い職業婦人」の欄《らん》へ、一本のブルブル震《ふる》えた棒を横にひいた。それは脚だけの生きものでしかなかった。脚だけの生きものが、きゅっと締《しま》った白い足袋をはき、赤鼻緒《あかはなお》のすがった軽い桐《きり》の日和下駄《ひよりげた》をつっかけている。その生きものを見ていると身体がフラフラする。身体が言うことをきかなくなる。まだ時間が切れないのかな、と思った。
 すると今度は階段の下からまた一人、僕としては最も正視《せいし》するに耐えない「袴の無い若い職業婦人」が現われた。その欄《らん》へ一本のブルブル震えた棒を横にひくと、恐《こわ》いもの見たさに似た気持で、その白い脛《はぎ》をのぞきこんだ。僕はあんなに魅力のある脛をみたことがない。実にすんなりと伸びた脛だった。ふくら脛はむちむちと張りきり、乳房のように揺《ゆら》いでいた。向う脛の尖《とが》ったふちなどは想像もできないほどまんまるく肉がついていた。その色は牛乳を凍《こお》らしてみたほどの密度のある白さだった。そのきめの細《こまか》い皮膚は、魚のようにねっとりとした艶《つや》とピチピチした触感《しょっかん》とを持っていた。その白い脛が階段の一つをのぼる度毎《たびごと》に、緋色《ひいろ》の長い蹴出《けだ》しが、遣瀬《やるせ》なく搦《から》みつくのであった。歌麿《うたまろ》からずっと後になって江戸浮世絵の最も官能的描写に成功したあの一勇斎國芳《いちゆうさいくによし》の画いたアブナ絵が眼の前に生命を持って出現したかのような情景だった。その白い脛が階段を四五段のぼると、どうしたものか丁度《ちょうど》僕の鼻の先一尺というところで突然、のぼりかけたままピタリと階段の上に停ってしまったものだから僕は呼吸《いき》のつまるほど驚いた。僕の五感は針のように鋭敏になって一瞬のうちにありとあらゆるところを吸取紙《すいとりがみ》のように吸いとってしまった。
 ふくら脛のすこし上のところに、まだ一度も陽の光に当ったことがないようなむっつり白い肉塊《にくかい》があって、象牙《ぞうげ》に彫《ほ》りきざんだような可愛い筋が二三本|匍《は》っていた。だがその上を一寸ばかりあがった膝頭《ひざがしら》の裏側をすこし内股の方へ廻ったと思われるところに、紫とも藍《あい》ともつかない記号のようなものがチラリと見えたのは何であろう。見極《みきわ》めようとした途端
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