六円
 鍋穴直し             一円
 箸 二組             三円六十銭
 カレー粉 三袋          五円二十銭(一円八十銭宛)
 薬(エーデー五百粒)       三十七円五十銭
 みかん 十二個          十円
 雑誌三冊、絵本一冊        二円九十銭
◯きょう見た売物
 魚 ほうぼう 十尾(浅草)    十円
 〃 冷凍サバ 一尾(蛎殻町)   三円
 〃 すずき百匁(日本橋三越前)  十五円
  くらかけ橋傍
 猿また(絹)           三十七円
 綿靴下              十円
 綿ハンカチーフ          十円
  人形町
 地図 一枚            五円
  浅草
 短靴               六百円
 ゴム長              六百円
 同エナメルなし          三百五十円
 リンゴ 三個           十円
◯三越で女歌手に笑むルンペン紳士。
◯品物多々、値段高し。札《さつ》びら切る人見えず。今の値頃では、とても俸給生活者には駄目。浅草で札《さつ》がとんでいるのは、おでん店だけのようである。
 だが、この活況こそ、敗戦日本を盛りかえす一つの新しい生命の芽ばえであろう。
 新しい品、高級な品、ちがった種類の品などが、次々にフットライトを浴びて、舞台に現われるだろう。

 十二月三日
◯午後三時の放送は、マ司令部が新に五十九名の「戦争犯罪人容疑者」を逮捕すべき旨、日本政府へ命令したとある。
 その顔触れの中には梨本宮をはじめとし、広田、平沼両重臣あり、その他財閥、軍閥、言論界の有力者あり。氏名左の如し、
◯梨本宮守正王
◯平沼騏一郎、広田弘毅
◯有馬頼寧、後藤文夫、安藤紀三郎、井田磐楠、菊地武夫、水野錬太郎
◯本多熊太郎、天羽英二、谷正之、青木一男、藤原銀次郎、星野直樹、池田成彬、松坂広政、中島知久平、岡部長景、桜井兵五郎、太田耕造、塩野季彦、下村宏
◯鮎川義介、郷古潔、大倉邦彦、津田信吾、石原広一郎
◯畑俊六、秦彦三郎、佐藤賢了、河辺正三、中村修人、西尾寿造、島田駿、後宮淳、牟田口廉也、石田乙五郎、上砂政七、木下栄市、納見敏市、大野広一、高地茂朝、小村順一郎
◯高橋三吉、小林躋造、豊田副武
◯進藤一馬、四王天延孝、笹川良一、古野伊之助、池崎忠孝、徳富蘇峰、大川周明、太田正孝、正力松太郎、横山雄偉、児玉誉士夫
 以上五十九名
◯蘇峰翁の所感詩一篇あり
 血涙為誰振 丹心白首違 滄桑転瞬変 八十三年非

 十二月七日
◯けさのラジオは、ついに近衛公、木戸侯らにも逮捕命令が出たことを伝えた。
 近衛文麿公、木戸幸一侯、酒井伯、大河内正敏、伍堂卓雄、緒方竹虎、大達茂雄、大島浩、須磨大使の九人
◯大島大使は昨日アメリカから船で日本へ着いたばかり。

 十二月十六日
◯近衛文麿公、本日朝服毒自殺す。
◯世田谷名物ボロ市、昨日と今日と開く。今日行ってみたが、人出にぎやか。十円で一山のみかん(小さいのが二十個位)、一本五十銭のイモ飴、一皿二円から十円のおでんなどがみられた。
 屋根のある家に、新|乾《ほ》し海苔《のり》とて、近頃にない色黒く艶よろしいものを発見、一帖八円のもの五帖買求めて土産にした。ほかにみかん十円。
 高村悟君と、読売の元の講演部長小西民治氏とに行き会った。御両所とも敗残兵の如しだが、自分もまた御両所以上にひどい姿である。日本の現状をまざまざと二人の友人の上に見た。
 梅蘭荘という中華料理屋が、ソバ屋のあとに出来ていた。目を見はらせる。しかし客はなく、総じて飲食店に客影はなし。かつてのボロ市では、飲食店が大繁昌したものだったが。

 十二月二十日
◯昨日は山田誠君来宅。二日がかりで用意したおでんを、家族一同と共に囲んで食べた。
◯東宝からの招きで、世田谷通りの例の梅蘭荘で御馳走になり、わが胃袋をおどろかせた。本日の会合の目的は、来年の東宝の特殊技術映画「文化都復興」の技術的相談を受けたもので、山崎謙太氏と大いに談じた。
◯英、一昨日から口の右下におできが出来、苦しんでいる。ゲリゾンをのんだり、アルバジルをつけたり膏薬を貼ったり、諸策を講じているが、まだ治癒のきざしはない。
◯特別配給の「光」三十本に、多少ゆったりとタバコをふかす。
◯本年もあと十日。

 十二月三十一日
◯ああ昭和二十年! 凶悪な年なりき。言語道断、死中に活を拾い、生中に死に追われ、幾度か転々。或は生ける屍となり、或は又断腸の想いに男泣きに泣く。而も敗戦の実相は未だ展開し尽されしにあらず、更に来るべき年へ延びんとす。生きることの難しさよ!
 さりながら、我が途は定まれり。生命ある限りは、科学技術の普及と科学小説の振興に最後の努力を払わん。
◯ラジオにて寛永寺の除夜の鐘の音を聞く。平和来。昨年は「敵機なお頭上に来りて年明くる」と一句したりけるが、本年は敵機もなく、句もなく、寝床にもぐり込む。
[#改丁、左寄せで]

降伏日記(二)

[#改ページ]

   序

  禿筆をふるいて降伏日記を書きつづけん
    昭和二十一年元旦
[#地付きで]海野十三

 一月一日
◯快晴也好新年。
 されど記録になき乏しき食膳の新春なり。されどされど食膳に向えば雑煮あり、椀中餅あり鳥あり蒲鉾《かまぼこ》あり海苔あり。お重には絶讃ものの甘豆あり、うちの白い鶏の生んだ卵が半分に切ってあり、黄色鮮かなり。牛蒡《ごぼう》蓮《はす》里芋《さといも》の煮つけの大皿あり、屠蘇《とそ》はなけれど配給のなおし酒は甘く子供よろこびてなめる。
  私五十、妻三十八
  陽子十六、晴彦十四
  暢彦十二、昌彦十
◯子供は一円五十銭にて買い来りし紙鳶《たこ》をあげてよろこびしが、遂に自作を始めたり。
◯坪内和夫君年始に第一の客として入来。
◯楽ちゃんも年始に。
◯夜子供のため、凧に絵をかく。矢の根五郎を鳥居清忠の手本によりてうつす。
◯国旗を掲ぐ。
◯畏くも詔書慎発。[#天皇、神格化否定の詔勅。いわゆる人間宣言]民主々義を宣せらる。

 一月二日
◯快晴。
◯自分の部屋を大掃除す。雑巾も使う。
◯凧が十五も出来て、次々に絵をかく。達磨《だるま》あり蛸《たこ》あり般若《はんにゃ》あり。
◯本日年賀の客なし。
◯麻雀二回戦。

 一月三日
◯快晴。
◯すべて静かに、日頃の雑音も聞えず。また凧の絵を描く。
◯年賀客。小野富弥君(小学校同級生)、吉岡専造君。

 一月四日
◯初仕事に懸る。大日本画劇の紙芝居脚本『蚤《のみ》の探偵』十二景。
◯朝、湯殿で洗面のとき咳をして腰の筋をちがえ痛くてやり切れない。
◯ふしぎに暖く、十一度なり。
◯后七時の放送に、マ司令部発の二重大指令を報ず。官公職就任禁止及び排除[#公職追放]と、国体[#超国家主義団体]解散令なり。
 総選挙を前にして本令の施行は頗る効果的なり、政治及び政府要員は殆んど完全に旧態を切開せらる。進歩党の如きは首脳部を根こそぎ持って行かれる。
 幣原内閣も改造か総辞職の外なく一嵐なり。
 共産党は本令を更に拡張し地主や下級官吏等に及ばしむべしと論ず。
 戦敗国なれば、斯く入れ替るべきは当然にして、日本政府自らなすべかりし事なるをマ司令部によりて断行されたるは笑止なれども、そこが敗戦国の虚脱ぶりならん。宮仕えがいやにて昭和十三年|逓信省《ていしんしょう》を去りし私として本令の施行は何等興味なし。
◯萩原大祖母さん、昨夜死去。享年八十歳。お悔みに行く。(香奠《こうでん》金四拾円)
◯小栗虫太郎、信州より出て来る。うちへ泊る。談尽きず。彼、大元気なり、雄鶏社の話もスラスラ行きけるよし。
◯その前に木々高太郎《きぎたかたろう》[#探偵小説家、生理学者。本名は、林髞]氏来宅。久振りに将棋を囲む事四回、三勝一負。
 この友は益々公私共に溌溂《はつらつ》活躍中。

 一月十日
◯新聞に、マ司令部のスポークス・マンと新聞記者との省内会合席上、出版界の話が出たと伝う。近く処理あるべく、執筆者も亦《また》適宜処断あるやに伝う。
 これも然方なし、勝てば官軍、負くればなり。
◯岸本大尉始めて来宅、徹[#永田徹郎。長女朝子の婿。元、海軍大尉]ちゃんの奮戦ぶりをちょっぴり伺う。
◯偕成社の名作少年小説に「探小」を入れることはきまった。同社復興のため、私は同情執筆を快く承諾したわけだが、他の友人に執筆をすすめるためには、その条件では困るので申入れをした。
◯講談社の稿料十円より二十円へあがる。
◯探偵小説雑誌案いろいろとあり、筑波書林のものは既に発足した。乱歩[#江戸川乱歩。探偵小説家]さんのところへ持込まれた他のものは断った由。但し乱歩氏は平凡社へそれを申入れるとの事。
◯水谷[#準]君も昨年博文館を退社したる由。博文館はあの社長さんではもう駄目だ。そして戦争中|編輯《へんしゅう》局長たりし水谷君のためにも退社はよろしい。いずれいいところから礼を厚くして招聘があろう。しかし当分作家へ復帰してもらいたいと思っている。
◯大下[#宇陀児]君は町会長が忙しく、書けないで困っているらしい。どこか執筆場を求めたがっているようだが、町会長をしている間は所詮駄目だろう。それともハッキリさせて政治家へ前進するも悪からず。しかし私たちは作家専門に戻るを希望する。
◯乱歩さんは相変らず老人ぶって引込んでいるのは遺憾である。しかし色気は皆無というには非ず、一年一作で十分たべられるというものをやりたいとのべていると、小栗虫太郎が帰って来ての話だ。これは大いによろしい。
◯虫太郎今夜は乱歩氏邸へとまって明朝信州へかえる予定。
◯多田君岳父旧臘七十三歳で長逝。孝行息子たる彼は感心なものである。
◯「光」の丸尾君来宅。一頁探偵小説と電気常識講座とを頼まれた。

 一月十二日
◯旧臘二十九日、鵬原正広(湊山小学校同級生)は梅田線にて乗車のとき、人に押されてホームより電車の下に落ち、電車はそのまま発車し、両脚轢断、頭部裂傷にて憤死した。その旨夫人愛子さんより悲歎の言葉を以て通知あり、驚愕且つ暗然とした。
 同じく級友小野君も東松原線にてレールヘ落ち頭に裂傷を負いし由。

 二月二日
◯昨日雪が降り出して夕方までに二三寸は積ったが、夜になると熄《や》んだ。
 そして今日は陽がさし出でたので、どんどん溶けて行く。うちへ来て下さるお客さま方に全くお気の毒なる道の悪さだ。
◯一月は遂に過ぎた。前半は正月休みで、応接に忙しかったし、後半は原稿で殆んど隙のないほどの忙しさであった。
 原稿の依頼も仲々数を加えて、うれしさから苦しさへも移行の形勢である。江戸川さんが宣伝してくれたので、「一頁もの犯人探し」の注文が押しよせた。
 今日は「高利翁事件」という三十枚ほどの本格ものを書き終えたが、本格ものは色気に乏しく、取りかかりのところなどは全く書いている方でも苦痛であるが、いよいよ肝腎の要点である推理のところへ来ると、さすがに面白さが湧き立つ。
 こういう本格探偵小説――というよりも推理小説といった方がよろしかろう――が、どの程度に読者を吸収するか、今度はまだ分っていないがあまり期待は出来ない。しかし心から面白がってくれるファンの数が少しでも殖えればいいことである。
 面白さに乏しくとも、書くのに骨が折れても、当分はこの推理小説一本槍にて進むこととし、いわゆる情痴犯罪のエログロには手を染めまいと思っている。江戸川、小栗、木々などの諸友の考えもここに在るので、私もその仲間の一人として、そういう方針をぶちこわさない決心だ。
◯近く、時事通信社甲府支局版に、連載科学小説「超人来る」を書くことに決りそうである。これは全体の筋を予《あらかじ》めはっきり決めて置いた。
 従来のものは、始めと終りと、その狙い位は決めてかかるが、途中のところは自由に残して置いて、書くときの楽しみにして置いたものだ。そういう考えは一応いいのだが、さて書いて行くと、自然、イージーゴーイングになって、筋の発展性に乏しく、テンポに精彩
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