いた。
 たいへんなところへ来たものだ、ここは深い海底《かいてい》なのだ。してみると、あのホテルを出てからこっち、空だと思っていたのは空ではなくて、海底の町の天井《てんじょう》だったのか。
 ああ、息ぐるしい、海の底に缶詰になっている身の上だ――と、僕は強《し》いてそのように息ぐるしがってみたが、実はくるしくもなんともなかった。海底に缶詰になっているとは思えないほど、空気はさわやかであり、どこからともなくそよ風がふいて来て額のあたりをなでた。それにバラのようないい香がする……僕の気分は、おかげでだいぶん落ちついて来た。
「大丈夫ですか、お客さま」
 僕が立上ったのを見てタクマ少年は走りよった。
「ああ、もう大丈夫。……見物にかかりましょう」
「本当にいいんですか」とタクマ少年はまだ心配の顔で、僕を前の方へ案内し「ここから海の中が見えるんです。よくごらんなさい。魚や海藻《かいそう》だけではなく、お客さまをおどろかす物がなんか見えるはずですから……」
 僕をおどろかすものとは何のことだろう。僕は水族館の魚のぞきの硝子《ガラス》窓のようなものの方へ顔を近づけた。


   大海底《だいかいて
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