人どもは了解《りょうかい》しないのですか」
「そこじゃ、実に困った対立、いや暗い問題があるんだ、この海底都市にはね」
「へえッ、こんな理想境《りそうきょう》にも暗い問題なんかがあるんですかね。それは一体どんな問題なんですか」
僕は非常に意外に感じたので、強く問《と》いただした。
博士はすぐには返事をせず、例の五頭のパイプを髭の野原の中に押しこんで、やけに煙をふかしていたが、やがてやっとパイプを口から取ってつぶやくように低いことばをはき出した。
「それは言えない。わしの口から言えない。君のようなエトランジェ(異境人)には言えない」
博士は、そのことばが終るとともに立上って、両の肩をぶるぶるとふるわせた。
僕の好奇心は火柱《ひばしら》のようにもえあがったけれど、博士の沈痛《ちんつう》な姿を見ると、重《かさ》ねて問《と》うは気の毒になり、まあまあと自分の心をおさえつけた。
しかし一体《いったい》なんであろうか。この完全文明理想境を脅《おびや》かすところの、暗い問題とは。暗い問題があるということすら、僕には不審《ふしん》でならないのだが……。
僕はそれから間もなく、博士に別れた。
別れる前にカビ博士は、僕の合法的滞留《ごうほうてきたいりゅう》を政府に対してあらゆる手段によって請願《せいがん》することを誓ってくれた。
タクマ少年が待っていてくれたので、僕は少年と連《つ》れだって考古学教室を出た。
「どうです。疲れましたか」
少年は僕にきいてくれた。
「疲れはしないけれど、標本になって閉《と》じこめられていたので、気が詰《つ》まったよ。なんか気持ちがからりとすることはないだろうかね」
「ありますよ、いくらでも、本当はお客さんは、これから食事をしてそれから睡眠《すいみん》をとるといいんですが、その前に、喜歌劇《きかげき》見物でもしましょうか」
「喜歌劇だって、それはいい。ぜひそこへ案内してくれたまえ」
僕とタクマ少年は、動く道路を利用し、第十八|歓楽街《かんらくがい》のクラゲ座へ行った。
入場してみて、僕はやっぱりおどろかされた。すばらしい劇場だといって、僕がこれまで知っている、座席のきちんと並んだ大劇場を拡大したすばらしさとは違う。
場内は、森かげの草原のようであった。そこに掛け心地のいい椅子が、勝手に放りだしてあるんだ。客はそれを好きなところへ移して座
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