海底都市
海野十三

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)催眠術《さいみんじゅつ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)黒|焦《こ》げ

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あのきざ[#「きざ」に傍点]な釣針ひげ
−−

   妙な手紙


 僕は、まるで催眠術《さいみんじゅつ》にかかりでもしたような状態で、廃墟《はいきょ》の丘をのぼっていった。
 あたりはすっかり黄昏《たそが》れて広重《ひろしげ》の版画の紺青《こんじょう》にも似た空に、星が一つ出ていた。
 丘の上にのぼり切ると、僕はぶるぶると身ぶるいした。なんとまあよく焼け、よく崩れてしまったことだろう。巨大なる墓場だ。犬ころ一匹通っていない。向うには、焼けのこった防火壁《ぼうかへき》が、今にもぶったおれそうなかっこうで立っている。こっちには大木が、黒|焦《こ》げになった幹をくねらせて失心状態をつづけている。僕の立っている足もとには、崩れた瓦《かわら》が海のように広がっていて、以前ここには何か大きな建物があったことを物語っている。
 悪寒《おかん》が再び僕の背中を走りすぎた。
 僕はポケットに手を入れると、紙をひっぱりだした。それは四つ折にした封筒だった。その封筒をのばして、端《はし》をひらいた。そして中から用箋《ようせん》をつまみ出して広げた。
 その用箋の上には次のような文字がしたためてあった。
――君は九日午後七時|不二見台《ふじみだい》に立っているだろう。これが第二回目の知らせだ。
 これを読むと、僕はふらふらと目まいがした。今日は九日、そしてうたがいもなく僕は今、この手紙にあるとおり不二見台に立っているのだ。ふしぎだ。ふしぎだ。ふしぎという外《ほか》はない。
 僕は一昨日と昨日とふしぎな手紙を受取ること、これで二度であった。その差出人は誰とも分らない。僕の知らない間に、その手紙は僕の本の間にはさまっていたり、僕の通りかかった路の上に落ちていたりするのだ。その封筒上には、僕の名前がちゃんと記されており、そして注意書きとして「この手紙は明日午後七時開け」と書いてあったのだ。
 昨日開いた第一回目の知らせには「君は今寄宿舎の自室に居る。机の上には物象《ぶっしょう》の教科書の、第九頁がひらいてあり、その上に南京豆が三粒のっているだろう」とあった。
次へ
全92ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング