た。人でも人体改良《じんたいかいりょう》には、非常な努力が払われ、そして改造進化が行われ、今日の高等人間を生むに至ったものである」
「高等人間ですって。人体改造ですって」
「人体の進化を自然にのみまかせていたのは昔のことさ。なんという知恵のない話じゃないか。さればこそ昔の人間はやたらに病気にかかって悩み、そして衰弱し生命を縮めた。そればかりか人智《じんち》のレベルは、さっぱり向上しなかった。なぜ昔の人間は、そこに気がつかなかったんだろう。人為《じんい》的に人体改造進化を行う事によって病気と絶縁《ぜつえん》する。それから人智を高度にあげる。こんな思いつきは赤ん坊にでも出来ることじゃないか。もちろん今の赤ん坊のことだがね。とにかく昔の人間は実に哀れなものだった。眼前の実在のみに注意力や情熱を集中して、遙かなる未来世界について夢を持つことをしらず、従ってその夢から素晴らしい現実の発展が起こることにも想到《そうとう》しなかった。ああ哀《あわ》れなりし人類よ……」
カビ博士は、日頃のとつ弁《べん》とはうってかわって雄弁に論旨《ろんし》をすすめていた。しかし僕は白状するが、博士の熱弁を聞くのは、もうそのくらいで沢山だと思った。
「先生。すると、そういう意味において、自然進化にまかせて来た僕の身体は、この海底都市の研究家たちにとって絶好の標本だというわけですね」
「そうだ。全く貴重なる標本だといわんければならん」
「じゃあ、僕は大いばりで、ここに滞在することが許されるのですね。いや、国賓待遇《こくひんたいぐう》を受けてもいいじゃないですか」
僕は朗らかな気持ちになって叫んだ。
暗い問題とは
「君を国賓待遇《こくひんたいぐう》にするなんて、とんでもないことだ。政府に見つかれば、もちろん君は海底冷蔵庫の壁になるしかないんだ」
カビ博士は僕のことばをひっくりかえして、いつか僕が聞かされたと同じ警告をあびせかける。
「だって僕は、貴重な標本なんでしょう」
「そうさ。君は網の目をのがれている所謂《いわゆる》ヤミ物品だから値が高いんだ。しかしどう釈明《しゃくめい》しても君は合法的存在じゃない」
ああ、ヤミというやつにはずいぶん悩まされた僕であるが、この海底都市へ来てまでヤミ扱いされるとは、なんという情けないことだろう。
「学問のための貴重な標本なりということを、政府の役
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