はなくて、どうやら煙草のパイプの類らしいことが分った。
普通のパイプは、煙草をつめる火皿、すなわち雁首《がんくび》が一つである。ところがカビ博士が口にくわえるパイプには、五つの雁首が並んでいるのだった。そしてそれに一々火をつけるわけでもないのに、雁首から煙がゆらゆらとあがった。
その煙のあがり方が愉快だ。五本の雁首から五本の煙があがって、煙突だらけの工場そっくりになるかと思うと、次の雁首の一つだけが煙がゆらゆら立ちのぼる。そうかと思うと、こんどは三本から立ちのぼる。それを見ていると、まるで煙の音楽会というか、煙の舞踊《ぶよう》会というか、たしかに或るリズムに乗って煙がふきだしてくるのであった。
もちろん、その合間合間には、博士の髭《ひげ》だらけの中から、別にもうもうたる煙がふき出てくる。
「先生は、煙草がお好きと見えますね」
僕は、素直に感想をのべた。
「うん。わしは連日《れんじつ》、脳細胞を使い過ぎるので、どうしてもこれをやらないと、早く疲労《ひろう》がとれないのじゃ」
「ずいぶん変わった形のパイプですね。そんなパイプが海底都市では、はやるのですか」
「はやるというわけではない。これはわしの考案したものでな、ほかにはない特殊のものじゃ」
「煙の出るところが五つもありますね」
「そうだ。五種類の薬品をつめこんであるのだ。それを適当に蒸発せしめて、或る特殊のリズムで脳神経に刺戟をあたえる。このリズムを決定することがむずかしい」
「なるほど。僕もそのリズムの利用には気がついていましたよ。面白い療法ですね。どんな味がするか、僕にもちょっと吸わせてください」
「いや、いけない!」
博士は目をくるくるさせてパイプをポケットに隠《かく》した。
「君なんかが吸うと、とんでもないことになる。絶対にいけない」
博士の狼狽《ろうばい》ぶりを、僕は意外に感じた。
「君に警告しておくが、君は実在の人間ではなく、イマジナリーの人間なんだ。それを忘れないようにしなければならんね。つまり何でもわれわれと同じには、やれないってことを、よく頭にいれておいてもらいたい」
イマジナリーの人間! それはそうだ。僕は二十年後の世界へ先走りをして生活をしているのだから。
「君は何も知らないが、君の実在する世の中からその後二十年経つ間に、文明はあらゆる方面において驚異《きょうい》的な発展進歩をとげ
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