れはそのあたりに並んでいる装置《そうち》のうちのどれからしいが、時間器械と同様な働きをするものらしい。
いや、それはそのとおりであることが、後になって学生と博士との会話によって知れた。僕はそれを知って、むしろ安堵《あんど》の胸をさすった。カビ博士の器械によって、一時僕が二十年前に戻されているのは我慢できる。なぜなら待っていれば、博士はこの海底都市の世界へ私を戻してくれることは間違いないからである。しかし、もしかの学友辻ヶ谷君の手によって、二十年前の焼跡へ戻されたなら、これは僕の楽しみにしている時間旅行がここで中絶してしまうことを意味する。――どうぞ“辻ヶ谷君よ。僕のことは忘れて、僕が満足するまでどうぞ僕を二十年後の海底都市で生活させてもらいたい。このことを君に確実に通信できないので、実は僕はいつでもびくびくしているのだよ”
標本勤務は一時間で終った。そこで僕は元のはねあがった髭《ひげ》の大人の姿へかえされ、服も着た。僕はようやく安心した。博士は僕を透明碗から外へ出してくれた。
「本間君。どうじゃったね。標本勤務は、あんがい楽なものだろう」
博士は、今までになく機嫌《きげん》のいい調子で、僕に話しかけた。
「いやいや、僕はうんと疲《つか》れましたよ」
「それはあとで食事をすれば、たちまち直るから心配ない」
「そうですかね……それにあの学生さんたちが無遠慮《ぶえんりょ》に僕のからだをいじりまわすので閉口《へいこう》しました」
「おいおい慣《な》れれば、大した苦痛じゃなくなるよ。なにしろ学生たちは君に対して異常な興味をもっている。だから君は今後ますます大切に扱《あつか》われるだろう」
「そんなに彼等は興味を持っていますかね」
そのことが災難の火の元だとは知らずに、僕はむしろ得意になって聞きかえした。
五頭《ごとう》パイプ
カビ博士の顔の下半分は黒い毛でうずもれている。その毛むくじゃらの草原のまん中が、ぽっかりあくと、赤いものが髭越《ひげご》しに見える。それは博士の口の中の色である。この赤いきんちゃくのような口は、ひろがったりすぼまったりして、よく動く。そして髭の中から博士のがらがら声がとび出して来るのである。
博士は、僕との対談のうちに、安全|剃刀《かみそり》の柄《え》をくわえた――と見えたが、それから煙が出てくるところを見ると、それは安全剃刀で
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