りました。でも、赤煉瓦のまわりには木がないと、考古気分が出ないというわけで、いろいろと工夫《くふう》をこらして、やっと成功したのです。ご承知でしょうが、樹木というものは、太陽がないと育たないものですからね」
「ふん。そのとおりだ」
「で、つまり成功した工夫というのは、人工で、太陽と同じ成分の光線の量を、この樹木だけに注ぎかけてあるんです。その器機は天井にありまして、あらゆる方向からこの樹木を照らしています。しかし私たちの目では、普通の照明とはっきり区別しては見えないのですけれど」
「そうかね。なんでも工夫をすると道は見つかるんだね」
「さあ、教室へ入ってみましょう。姉からも申したと思いますが、義兄《ぎけい》のカビ博士はたいへんな変り者ですから、何をいいましても、どうか腹をお立てにならないようにお願いいたします」
「大丈夫だとも。僕は十分心得ているよ」
僕たちは古風なせりもちの下をくぐって、建物の中に入った。中世紀《ちゅうせいき》の牢獄の中かと疑うほどのうすぐらい廊下を二三度曲って奥の方へ行くと、タクマ少年は一つの扉の前に足をとどめた。扉には、「教室カビ博士|私室《ししつ》」という名札がかかっていた。
と、いきなりその扉が動き出したと思うと壁の中にはいってしまった。開いた戸口に、頭の大きな一人の異様な人物が白い実験着をつけて現われ、僕をにらみつけた。
その顔に、どこか見覚えがあった。
標本勤務《ひようほんきんむ》
「カビ教授、ここにお連れした方がさっきテレビ電話でお話した本間さんでいらっしゃいます。どうぞよろしく」
タクマ少年は、あざやかに僕をカビ博士に紹介してしまった。カビ博士は少年の義兄《ぎけい》に当たるんだから「ねえ兄さん」とでも呼びかけるかと思いの外《ほか》、そうはしないで「カビ教授」などと、しかつめらしく名を呼ぶところが、なんだかわざとらしかった。だが、それも博士が、特別なる変人だから、そのようにしかつめらしく扱うのかもしれなかった。
「君はちゃんと勤めるだろうな。途中で逃げ出すようなことはなかろうな。もしそんなことがあると、わしは君を保護することに責任がもてないんだ。今はっきり誓いたまえ」
カビ博士は、あいさつも抜きにして、いきなり僕の頭の上で、かみつきそうないい方で、わめいた。
僕はもちろん、勤めは怠《なま》けないから、ぜひ保護
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