浅いところでは海面下百メートルという範囲に人口がおよそ百万人見当の都市を建設することになりました。……聞いておいでですか」
「ああ、聞いているとも」
「その海底都市の骨格《こっかく》に相当する八十階で建坪《たてつぼ》一万一千平方キロメートルの坑道ががっちり出来たのが、実に起工後十四日目なんです。それからこんどは、生活に必要な設備をしたり、町を美しく装飾したり、各工場や商店や住宅や劇場などの屋内をそれぞれ十分に飾りたて、道具を置くのに、更に一週間かかって遂に出来上ったんです」
「ふうん、信じられない。信じられないことだ」
 僕はとうとう本心を言葉に出して、つぶやいた。


   海溝《かいこう》の大工事《だいこうじ》


「信じられないというんですか、はははは。分りましたよ。お客さんは、まだ原子力エンジンが仕事をしているところを、ごらんになったことがないのでしょう」
 タクマ少年は、動く道路の上で僕の方をふりかえってそういった。
「まだ見ていないことは、見ていないんだけれどねえ……」
 僕は、きまりのわるいおもいをして、本当のことを告白するしかなかった。だが、そのとき僕は自分の心の中で、くりかえしさけんでいた。
(うそだ。うそだ。いくら原子力エンジンかは知らないが、こんなりっぱな海底|街《がい》が、たった三週間で完成するものかい。うそだ。うそだ)
 このときタクマ少年は、大きくうなずくと僕の腕をとって引立てた。
「それじゃ、下町へご案内するのを後まわしにして、先に原子力エンジンを動かして仕事をやっている工事場の方へおつれいたしましょう」
「それはたいへん結構だね。ぜひ一度見て、おどろかされたいと思っていたところだ。だがね、僕は生まれつき心臓がつよいから、ちょっとや、そっとのことでは、おどろかない人間だからねえ」
 僕は、やせがまんのようだが、そういってやった。これくらいつよくいっておかないと、僕はますますタクマ少年にばかにされそうであった。
「さあ、この先で、動く道路を乗りかえるのです。私と調子をあわせて、べつの道路へうまく乗りかえてくださいよ。もし目がまわるようだったら、私にそういって下さい。すぐおくすりをあげますからね」
「おくすりなんかいらないよ」
 僕は行手《ゆくて》に、虹《にじ》のような流れが左右にわかれて遠くへ流れ動いていくのを見、目がくらみそうになった。
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