「来ました、来ました、乗りかえ場所のヒナゲシ区です。はい、一、二、三、それッ」
 僕の身体は、ふわりと浮いた。と、身体は左へひったくられたようになった。身体の釣合《つりあい》がやぶれた。(あぶない!)と口の中でさけんだとき、僕の腰は何ものかによってしっかり抱きとめられていた。いうまでもなく、僕を抱きとめたのはタクマ少年であった。少年に似合わぬすごい力だ。それにもなにかわけがあるのかもしれない、などと思っているうちに、少年はしずかに僕を、下におろした。道路は気持よく走っていた――あの辻のところで、僕らは道を左へ乗りかえたらしい。と、道は下《くだ》り坂になった。
 あたりはひろいトンネルの中の感じで、間接照明によって、影のない快い照明が行われていた。さっきの辻のところまでは、にぎやかな街の家並が見え、買物や散歩の人々の群をながめることが出来たものだが、今はそういうものは全く見えない。単調なトンネルの感が強い。
「いやに、さびしいところだね」
 と、僕がいったら、タクマ少年は、
「ここは一昨日出来上がったばかりのところなんですからね、それだからまださびしいのです。それにこの道は、これからご案内する海溝《かいこう》の棚工事《たなこうじ》のための専用道なんです」
 海溝の棚工事? いったいそれはどんなことであろう。僕は、すぐ少年に聞きかえさずにいられなかった。
「海溝というのは、ご存でしょう。海の底が急に深く溝のようにえぐられているところです。こっちで一番有名なのは日本大海溝《にっぽんだいかいこう》です。その外にも海溝があります。――こんどの工事は、海溝の上に幅五キロ、深さ百キロの棚をつくり、その棚の先から下へ壁深さ五十キロのをおろし、そして中の海水を外へ追出してしまうのです。すると、それだけの海溝が乾あがってわれわれ人間が潜水服などを着ないで行けるようになります。ねえ、そういうわけでしょう」
「そういうわけには違いないが、そんな誇大妄想《こだいもうそう》のような大工事が、人間の手でやれるかい」
「この棚工事は、この海底|都《と》が始まって以来の新しい種類の工事なので、先例はないのですが、やってやれないことはないんだと、みんないっていますよ。しかしさすがに不安なところもあると見え、技師たちは念入りに工事計画をしらべていますよ」
「一体、そんな棚工事をして、どんな利益をあげよ
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