につれ、空間のうす桃色の大きな波と見えたのは例の魚人《ぎょじん》トロ族がおびただしくこの洞窟《どうくつ》みたいな中に充満《じゅうまん》し、そして彼らは僕をもっとよく見たがって、たがいにひしめきあっているのだと分った。
その醜怪なる魚人のかたち! 僕は嘔吐《おうと》しそうになって、やっとそれをこらえた。
ひしめきあう魚人たちは、急にしずかになった。誰かが号令《ごうれい》をかけたようでもある。
そのとき僕の耳もとで、僕に分かる言葉がささやかれた。
「君の兜をぬぎたまえ。君の服もぬぎたまえ。そうしても君は、楽に呼吸ができるよ。ここには十分の空気があるからね」
僕は横をふりむいた。するとそこには見おぼえのある魚人がいた。はじめ海底で会見したときに、僕にものをいいかけた彼だった。彼は乳の上に、黒いあざをこしらえていた。そのあざは、彼のからだが或る方向になったときにかぎり、雄鶏《おんどり》[#「雄鶏」は底本では「鶏鶏」]のシルエットに見えた。僕は彼のことを、これからオンドリと呼ぼう。
「いや、僕はぬぐつもりはない。このままがいいのだ」
僕は断固《だんこ》として、ことわった。うっかりぬいでしまった後で、どこからか海水がどっと侵入して来たときには、僕はたちまち土左衛門《どざえもん》にならなくてはならない。
「じゃあ、勝手にしたまえ」とオンドリは、いった。
「とにかくこんなにたくさんのわれわれの同胞《どうほう》が、海底の下わずか百メートルのところに住居をもっているんだ。分ってくれたろうね」
「これが住居か。ほら穴みたいだが……」
「第一|哨戒線《しょうかいせん》についている同胞なのだ」
「ははあ、ここが第一哨戒線か」
「こんな余計なところへ住居をあけなければならなくなったのも、元はといえば、君たちヤマ族のあくなき侵略に対抗するためだ。……こんどは別のところを見せる。こっちへ来たまえ」
オンドリが僕の腕をかかえて立上った。すると魚人たちは奇声《きせい》を発して左右にとびのいた。そのまん中の道を、オンドリと僕とが歩いていった。
正面の壁に、とつぜん明るい光がさした。と思ったらそこは狭いトンネルの入口であることが分った。
僕たちはその中へはいっていった。
僕はふしぎなものを見た。いやふしぎな出来ごとにあった。というのは、そのトンネルの穴が、すぐ向こうで行《ゆ》き停《どま》
前へ
次へ
全92ページ中73ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング