おちると、そのあとに残ったのは僕の二倍ほどの背丈の、ふしぎな顔をした人間に似た動物であった。
 彼等の全身はまっ白で、肉付のわるい方ではなかった。
 その顔は、頸のところがなくて肩の上にすぐついていた。いや頸がなくなって、肩とあまりちがわない幅《はば》をもっていたという方がいいかもしれない。頭部に全然毛はなく、丸い兜《かぶと》のような形をしていた。額はせまく、目はすこぶる大きくて、顔からとび出していた。そして両眼の間はかなりはなれ、別なことばでいうと、目は顔の側面の方へ大分移動していた。
 鼻はあるかなしかで低かった。そのかわり口吻《こうふん》はふくらんで大きく前に伸び、唇はとがっていた。あごは逞《たくま》しくふくれていた。
 腕は短く、手はひろがって鰭《ひれ》のようであった。脚は太くて長かったが、足首のあたりから先は、やはり尾鰭《おひれ》のような形をしていた。鰭らしいものが、背中と、胸と腹の境目とにもつづいていた。乳房のある者と、それのない者と両方がいた。
 大ざっぱに彼等の身体つきについて感じを述べると、たしかに人間らしくはあるが、多分に魚の特徴を備《そな》えていた。しかし人魚というほどではなく、それよりもずっと人間に近い。とにかく、こんな奇妙な相手の身体と知っていたら、もうすこし正体をあらわすのを待ってもらった方がよかったとも思う。
「どうだね、君、気はたしかかね」
 僕の前にいた一きわ大きい魚人《ぎょじん》が、そういって、口からあぶくをふいた。


   海底の下


「大丈夫ですよ。君たちの姿を見て気が変になるなんて、そんな気の弱い者じゃない」
 僕はトロ族たちに、そういった。
「ふうん、どうかなあ。君たちヤマ族は、よく嘘《うそ》をつくからね」
 魚人《ぎょじん》がいった。
「さあ、そんなことより、話をつけよう。一体君たちトロ族は、われわれに対して何を希望するのかね。僕は出来るだけ、君たちの希望がとげられるように努力するつもりだ」
 僕は早く交渉を切上げてしまいたいと思ったので、その話を始めた。
「よろしい。われわれの不満を君に聞いてもらう――近来、君たちヤマ族の海中侵入《かいちゅうしんにゅう》はひどいではないか。われわれトロ族としては甚《はなは》だ不安である。前以《まえも》ってあいさつもなしに、どんどん海底まで侵入してくるとは、よろしくないではないか」

前へ 次へ
全92ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング