く一ぱいはめられたのかもしれない、などと考え出した。
その博士は、さっきからもう黙りつづけているのだ。ただ水中電話器から発する連続性の搬送音《はんそうおん》だけが、かすかに受話器に入って来ている。
そのときだった。全く不意打《ふいうち》だった。
僕が歩いている前方五メートルばかりの海底が、急にむくむくともちあがった。それは恰《あたか》も大きなもぐらがいて、大地の下から土をもちあげたらこうもなるだろう、と思われるような光景だった。とにかく僕の目の前に、とつぜん高さ二メートルあまりの小山みたいなものが出現したのである。そしてよく見ると、それは生き物のようにしきりに動いていた。
「な、なんだ。おどかすなよ、海もぐらの親方さん」
僕は水中電話器を通して、何者とも正体《しょうたい》の知れない土塊《どかい》に声をかけた。
僕が声をかけたとき、例の土塊ははげしく上下左右へ震動《しんどう》したようであった。しかし相手は返事一つしなかった。
「おい、おい、通り路をじゃましないでもらいたいもんだね」
僕はふてぶてしくいいはなった。そしてたちまち土塊に近づいて、その横を通りすぎようとした。
と、僕の行手《ゆくて》にあたって、また別の土塊がむくむくと頭をもちあげた。一つではなかった。五つ六つ――いや、その数はぐんぐんふえて、十四五にもなったであろうその土塊は、まるでダンスでもしているように上下左右にゆれながら、僕の行手を完全にふさいでしまったのである。
このとき僕は、それまでに聞いたことのないあやしい音響を耳にした。
トロ族
僕は当惑《とうわく》の絶頂《ぜっちょう》にあった。
むくむくと、土饅頭《どまんじゅう》のような怪物が、僕のまわりを這《は》いまわる。
へんに耳の底をつきさすような怪音が、だんだんはげしくなる。始めはそれが何の音だか見当もつかなかったが、そのうちにあれは怪物どもがさかんに喋《しゃべ》り合《あ》っている声ではないかと思った。どうせ僕のことをやかましく喋り合っているのだろう。
僕は立往生《たちおうじょう》をしていた。そして怪物どものさわぎを、見まもっているしかなかった。
が、そのうちに気持ちが少し落着いて来た。あとはどうにでもなれと、はらを決めたせいであろう。
「もしもし、トロ族君たち。いつまでも僕のまわりを走りまわらないで、話がある
前へ
次へ
全92ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング