烏啼の館《やかた》から抜けて来た的矢貫一に違いなかった。うまそうに紫煙をすいこんでから、あたりに気を配り、それから手を上衣の内ポケットへ入れたと思うと、すぐ引出した手に、月があたってきらりと光るものが握られていた。
「このピストルの方が、筋はいいんだ。何が幸いになるか分らないもんだ」
ちょっと片手で弄《もてあそ》んで、するりと元のポケットへ返した。烏啼のために愛用のピストルを取上げられた貫一は今夜の仕事に、すぐどこかで新しい上等のピストルを手に入れて来たのである。
「すみません、ちょっと火をお貸しなすって」
不意に真暗から声がして、貫一の前に一人の男がのっそりと現われた。若い男だが、毛糸で編んだ派手な太い横縞《よこじま》のセーターに、ズボンはチョコレート色の皮ものらしいのをはき、大きな顔の頭の上に、小さい黄いろい鳥打帽をちょこんと乗せている。
「へえ、すみません。点《つ》きました」その男は二三遍頭を下げてから立上った。ズボンの皮が引張られるためか、変な音がした。「旦那、どこへいらっしゃるんで……」
「この先まで帰るんだが、ちょっと腰が痛くなって一休みしているんだ」
と、貫一は出鱈
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