に長く伸びて死んだようになっている繭子夫人――名探偵猫々先生の口へ持っていった。
強烈にして芳醇《ほうじゅん》なる蒸発性物質が名探偵の鼻口を刺戟したらしく、彼は大きなくしゃみと共に生還したのであった。彼は大急ぎで自らベールをかきあげ、それから顔全体を包んでいた樹脂性《じゅしせい》マスクをすぽんと脱ぎ、瀕死《ひんし》の狼《おおかみ》が喘《あえ》いでいるような口へ、コップのふちを嵌《は》めこんだのだった。彼の咽喉がうまそうに鳴って、やがて空のコップが卓子《テーブル》へ置かれたとき、彼はどうやらものを言えるだけの元気を回復していた。
「いや、どうもひどい目に遭いましたよ。全く話になりません」
探偵猫々は、そういいながらマッチをする手付をしてみせた。
「名探偵がひどい目にあったと仰有るからには、本当にたいへんだったんでしょうな」
と苅谷氏は探偵に葉巻の箱を差出しながらいった。
「マッチをお持ちですか。いや、ライター結構」
と探偵は紫煙《しえん》が濛々《もうもう》と出るまでライターに吸付いていた。
「なにしろ、私の扱った夥《おびただ》しい探偵事件の中において、今回の事件ほどひどい目に遭っ
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