から数分後、苅谷氏は探偵猫々とのかねての打合せにより、悲痛なる呻《うめ》き声と共に、「家内を奪われた、家内を取戻してくれエ」と騒ぎ立てたし、同席の警官たちにもその職務柄かの贋警視《にせけいし》一行の闖入《ちんにゅう》脱出について騒ぎ立てたのである。それから騒ぎは検察本部へ波及し、それから賑《にぎや》かにラジオ、テレビジョン、新聞の報道へ伝播《でんぱ》し、それから満都の人々へこの愕くべき誘拐事件が知れ亘《わた》り、騒ぎが拡大して行ったのである。

「美貌花をあざむく繭子夫人の失踪《しっそう》後、ここに第三日を迎えた。しかし依然としてその手懸りはない。夫人の生命は今や絶対に危殆《きたい》に瀕《ひん》している。本社は、今より二十四時間以内に問題の繭子夫人の隠匿《いんとく》場所又はその生死を確かめて本社調査部迄密報せられたる方に対し、懸賞金一万円を贈呈する!」
 右は某新聞の記事であるが、この記事からも窺《うかが》われる如く、事件発生三日目に至るも繭子夫人の消息は判明せず、この事件を話題として満都は沸き立っている。
 その中に平静なる朝の湖面の如き者は、苅谷氏只ひとりだった。
 氏は夫人失踪の
前へ 次へ
全17ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング