のあまり紐《ひも》のついた片眼鏡を眼瞼《まぶた》から下へ落し、「家内を烏天狗に渡さないですむなら勿論結構この上なしですがね、しかしかの脅迫状にはちゃんと断り書がしてありまして気になりますね。つまり家内を渡すのを拒《こば》めば、私はたいへん不愉快な目に遭う――つまり次は私の生命が危険になるんでしょうからね。私の生命が危険となる位なら、寧《むし》ろ家内を渡してやった方が損害は僅少で済みます」
「では、令夫人をお渡しになりますかな」
「いや、飛んでもない。只今は比較の言論をお聞かせしただけのこと。実際においては家内を渡すことは困るです。しかし渡さなければ後がこわい……」
「後がこわくないように私が計らいましょう。ちゃんと相手に令夫人を渡しましょう」
「いや、それでは困る」
「なあに困りゃしません。これはあなた様と私だけの了解事項なんですが、その当日その場で令夫人を渡したように見せかけ、実は令夫人は渡さないのです」
「ふうん。よく分りませんなあ、猫々先生の仰有る言葉の意味がね」
「これが分らんですかなあ。早くいえば、令夫人の身替りを相手へ渡すんです」
「なるほど、家内の身替りをね。ほほう、これ
前へ 次へ
全17ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング