天狗専門だから……)
 天駆と書き、あるいは天狗と書く。これは彼のそのときの気持次第である。世人は漸《ようや》くこの奇賊を烏天狗《からすてんぐ》とは呼び始めた。
 被脅迫者の苅谷氏は、この段、繭子夫人まで報告してあまり愕《おどろ》かないことを要望した。袋猫々探偵なら、奇賊烏啼を扱うには誰よりも心得ているだろうから、奇賊をして繭子夫人に一指をも染めさせないであろうと、善良にして慈愛に富む夫は述べたことだった。しかし夫人は夫君の説明の後で、烏啼天狗の脅迫状の真蹟をひろげて見るに及んで、声も立てずに長椅子の中に気絶してしまった。
 苅谷氏は入念な変装ののち、ひそかに袋猫々探偵の事務所を訪問した。
「……といったようなわけでありまして、憎むべき烏啼天狗は理不尽《りふじん》にもわが最愛の妻を奪取しようというのであります。およそかかる場合において、夫たる身ほど心を悼《いた》ましむ者が他にありましょうか」
「令夫人を相手に渡さなければ、あなた様のご心痛もなくて済むわけでしょう」
 黒眼鏡をかけたひどい猫背の探偵は事もなげに、こういった。
「ええっと何と仰有《おっしゃ》る」と苅谷氏は驚愕《きょうがく》
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