たのですが、彼はそれを自ら実行しているのですよ。私の三日間の窒息しそうな勤労に対してこのブローチ一箇が代償なんです。これは天駆があなたの令夫人に対して贈ったものですから、そちらへお収め下さい」
といって探偵猫々はその土産のブローチを苅谷氏の手に握らせた。
事件は解決した。贋夫人にしろ、烏啼の許から返されたのであるから、繭子夫人の解放はすなわち事件の解決である――と、探偵は考えた。それで彼は苅谷氏に辞去の言葉を述べた。
「あ、待って下さい。うちの家内は今何処にいるのでしょう。家内にそういって、家へ連れ戻さねばなりません」
探偵は自分の迂闊《うかつ》を空咳《からぜき》に紛《まぎ》らせておいてから、さて主人の耳に囁《ささや》いた。
「実はその、繭子夫人を隠匿してあるところと申すのは、私の事務所なんです。そこはいつも私だけが居まして、食料品も料理の道具も揃って居り、寝具もバスもあり、一人の生活には事欠かないのです。私は夫人を私の事務所へ籠っていただいているのです。しかもです、念のためには夫人はすっかり私に変装して居られるのです。ですから御心配には及びません」
「ほう。それは意外でしたね。
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