らしたばかりだった。
彼はハッとして指頭《しとう》を改めた。
「おお、血だ、――血が落ちている」
その瞬間、彼の全身は、強い電気にかかったように、ピリピリと慄えた。
2
「オイ房子」
「なによォー」
「どうだ、今夜は日比谷公園の新音楽堂とかいうところへいってみようか。軍楽隊の演奏があってたいへんいいということだぜ」
「そう。――じゃあたし、行ってみようかしら」
「うん、そうしろよ、これからすぐ出かけよう」
「アラ、ご飯どうするの」
「ご飯はいいよ。――今夜は一つ、豪遊しようじゃないか」
「まあ、あんた。――大丈夫なの」
「うん、それ位のことはどうにかなるさ。それに僕は会社で面白い洋食屋の話を聞いたんだ。今夜は一つ、そこへ行ってみよう。君はきっと愕《おどろ》くだろう」
「あたし、愕くのはいやあよ」
「いや、愕くというのは、たいへん悦《よろこ》ぶだろうということ、さあ早く仕度だ仕度だ、君の仕度ときたら、この頃は一時間もかかるからネ」
「あらァ、ひどいわ」といって房子は、間の襖《ふすま》をパチンとしめ、
「だってあんたと出かけるときは、メイキャップを変えなきゃならないん
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