見えない。
 不思議だ。
 彼は大声をはりあげて、見えなくなった少女の名を呼んでみた。――しかしそれに応えるものとては並び建つ校舎からはねかえる反響のほかになんにもなかった。それはまるで深山幽谷《しんざんゆうこく》のように静かな春の夕方だった。
 杜はガッカリして、薄暗い講堂の中にかえってきた。女生徒は入口のところに固まって、申し合わせたように蒼い顔をしていた。
「どうも不思議だ。小山は、どこへ消えてしまったんだろう!」
 杜は、壇の下に置きっぱなしになっている空っぽの棺桶に近づいて、もう一度なかを改めてみた。たしかに自分が腕を貸して、この中に入れたに違いなかったのに……。
「変だなァ。――」
 彼は棺の中に、顔をさし入れて、なにか臭うものはないかとかいでみた。たしかに小山ミチミの入っていたらしい匂いがする。
「オヤ――」
 そのとき彼は、棺の中になにか黒いような赤いような小さな丸いものが落ちているのに気がついた。
 なんだろうと思って、それを拾いあげようとしたが、
「呀《あ》ッ、これは――」
 と叫んだ。釦《ぼたん》か鋲《びょう》の頭かと思ったその小さな丸いものは、ヌルリと彼の指を濡
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