頃であった。そういう時にお千が杜のところを飛び出していったのは一向不自然ではないと思った――。
彼はゴロリと横になった。
ミチミの顔が不図《ふと》浮んできた。それはどこやらすねているような顔だった。
(ミチミはどうしているだろうか。いまごろは、やはりこうしたバラックの中で、あの長身の青年の腕に抱かれて睡っているだろうか?)
などと、しきりにミチミのことが思い出された。お千|失踪《しっそう》の夜に、お千のことよりもミチミのことが想いだされるのはどうしたことであろう。それは杜自身が極めて心の弱い人間であって、悲哀に対して正面から衝突してゆく勇気がないために、その悲哀を紛らすための妥協的代償を他に求めたがるのに外ならなかった。
杜は夢から夢を見た。ただ暗い床のうえに横《よこた》わっているだけのことでうつらうつらとしていた。何度目かに目が覚めたとき、トタン板の裂け目から暁の光りがほんのりと白く差しこんでいるのに気がついた。
彼は改めて寝床のまわりを見廻した。もしやお千の姿がそこに帰ってきていはしないかと思ったが、それは空しき夢であった。彼女の寝床は、昨夜のとおり藻ぬけの殻であった。
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